2019年7月18日に起きた京都アニメーション第1スタジオへの放火。36人もの尊い命が奪われ、32人が重軽傷を負った。「史上最悪の放火殺人事件」とも言われる悲惨極まりない事件は、なぜ起きたのか。事件を防ぐ手立てはなかったのか。死刑判決を受けた青葉真司死刑囚とは、どんな人物なのか——。
ここでは、遺族に寄り添いながら“京アニ事件”を6年間取材し続けた京都新聞取材班の著書『自分は「底辺の人間」です 京都アニメーション放火殺人事件』(講談社)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の2回目/3回目に続く)
◆◆◆
「こっちは余裕ねーんだよ、殺すぞ」事件4日前に起こした騒音トラブル
「こっちは余裕ねーんだよ、殺すぞ」
事件の4日前となる2019年7月14日、アパートで青葉が怒声を響かせた。きっかけは、騒音トラブルだった。この日、2階からの物音を隣の部屋からと勘違いし、「バンバン」と壁をたたいた。
不審に思った隣人の男性が青葉の部屋を訪ねると、青葉はいきなり男性の髪と胸ぐらをつかんで「黙れ、うるせーんだよ」と怒鳴った。男性が刺激しないように冷静に説明しようとしても、らちがあかず、何度も「殺すぞ」とすごんだ。
青葉は、もう歯止めが利かなくなっていた。小説は、自分を支える「つっかえ棒」だったという。しかし、自らの努力の結晶は世間から全く相手にされなかった。
かつて小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿した自身の小説について、青葉は法廷で「もし50人、いや20人が見てくれていたら、事件を起こさなかったと思っている」と振り返った。
「つっかえ棒がなくなれば、倒れるしかない」
全財産と包丁6本を詰め込んで京アニ第5スタジオへ
心の中にも、周囲にも、彼を支えるものは何もなくなり、最終的に強烈な憎悪だけが残った。
その標的は京都アニメーションだった。
事件3日前の15日、京アニのスタジオがある京都に向け、さいたま市の部屋を出た。青葉はそれを「特攻のような片道切符」と例えた。新幹線に乗り込む前の午前9時ごろ、さいたま市内のATMで全財産の5万7000円を引き出した。かばんには、大宮駅で事件を起こすために準備した包丁6本を詰め込んでいた。
京都駅に到着すると、電車を乗り継いで、京都府宇治市にある京アニ第5スタジオに行き着いた。3階建てで、ファンがアニメの関連グッズを購入できるショップが併設されていた。
京アニ関係者以外を巻き込むのは避けようと考え、1分で店を出た。ターゲットを第1スタジオに決めた。盗作に関わった人が多数いると考えたからだった。
