創作を「続けていく」物語

三宅 『プライズ』の新しいところって、創作を「続けていく」話であることだと思ったんですよ。作家さんや漫画家さんが主人公だったり、創作をテーマにした物語って、「始めるときの初期衝動」「創作の原点」を重視した作品が多いと思っていて。もちろんそれも面白いんですが、初期衝動だけじゃ続けていけないタイミングや、「続けていくために賞が欲しい」と思う承認欲求を描くことって、実は大事なんじゃないかと思ったんですね。クリエイターがよりステップアップするためには、承認欲求も必要なのかなって。「文学賞」の意味の一つはそこにあるのかもと思いました。

 

村山 私にとっては承認欲求って、最初のうちは持っていたくないものというか、絶対周りにばれたくないものだったんですね。だから、そういうふうに肯定していただけるとすごく嬉しいです。何しろ私はいい子ぶりっこ、いい人ぶりっこなので、担当編集者に「実は私、デビューしてから何年もの間、ずっと賞が欲しかったのに候補にもしてもらえなくて悔しくてたまらなかった」って話したとき、驚かれたんです。まさか村山さんがそんなこと考えてたとは意外でした、って。

 小説すばる新人賞でデビューさせてもらって、10年目に直木賞をいただけたんですけど、そこまでの間、本当に何も賞をもらってないんですよ。一回だけ、吉川英治文学新人賞の候補になったんですけど、そのときは「待ち会」をやって落選しまして、もう二度と待ち会なんかやらないって思った。もう本当に胃が痛くなるんです! そういう経験があったから、『プライズ』にも待ち会の場面を書きました。

ADVERTISEMENT

 天羽カインの場合は本人より周りの人の方が胃が痛くなる待ち会だと思うんですけど(笑)、私の場合は「今、この人たちは私に気を遣って喋ってくれてるんだよな」とか、「落ちた時にどういう反応をすればみんなの気が楽になるかな」とか、そういうことを考えるのが本当に無理だなって。だから『星々の舟』で直木賞の候補になったときは、「どうか一人で待たせてくれ」って編集者にお願いしました。

三宅 そうだったんですね!

村山 幸い、1回目の候補で受賞することができたんですが、受賞の連絡を受けて、待ち会がなんのためにあるのかわかりました。電話を切ったとき、今のが幻想だったんじゃないかって思ったんです。今の電話、本当にかかってきたのかなって(笑)。「欲しい」と強烈に願っていたからこそ、いざとなると現実味がないんですよ。編集者は立会人でもあるんだなって。

村山由佳(むらやま・ゆか)

1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。93年『天使の卵 エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞、09年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞・島清恋愛文学賞・柴田錬三郎賞、21年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズ、『ミルク・アンド・ハニー』『ある愛の寓話』『Row&Row』『二人キリ』など著書多数。

 

三宅香帆(みやけ・かほ)
文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年高知県生まれ。京都大学人間・環境学研究科博士後期課程中退。リクルート社を経て独立。主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活動。著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』『「好き」を言語化する技術』等多数。

次の記事に続く 「村山さん、作家にとって直木賞は特別なんですか?」文芸評論家・三宅香帆が作家・村山由佳に問う!