『遠雷』(81年)『チ・ン・ピ・ラ』(84年)『飛ぶ夢をしばらく見ない』(90年)など、数々の日本映画で印象的な役柄を演じてきた女優・石田えりが長編初監督&主演を務めた映画『私の見た世界』が公開となる。いわゆる犯罪映画とは違った趣の本作を、石田はなぜ映像にしようと思ったのか。

石田えり ©︎文藝春秋/杉山秀樹

殺人犯の“逃亡劇”に共感できた理由

 1982年に発生し、時効まであとわずかという97年に犯人・福田和子が逮捕された松山ホステス殺人事件。石田は福田の自伝や、佐木隆三の『悪女の涙 福田和子の逃亡十五年』などを読み、主演はもちろん脚本・監督・編集までを務め、約14年11カ月にわたる逃走の日々を新たな視点で描いている。

「彼女の本を読んでいるうちに映像が浮かんできて、映画にしたら面白そうだと思いました。極悪人と呼ばれているけれど、実は普通の人間が犯してしまった犯罪に思えたんですね。息子さんの話だと彼女はいいお母さんだったようですし、彼女を知る何人かの人は、口を揃えて“後ろ姿がすごく寂しそうだった”と言うんです」

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©2025 Triangle C Project,Inc.

 劇中では佐藤節子とされているが、モデルとなった福田は、17歳の時に強盗罪で松山刑務所に服役。その服役中に、男性受刑者が看守を買収して女性受刑者を強姦する事件が起き、彼女はその被害者となった。福田の逃亡の原因は、この事件でのトラウマからだと言われている。

「過去にそういう経験があるから、また捕まって刑務所に戻るのはもうごめんだという気持ちはあったと思います。顔を整形したのも、絶対に逃げ切るぞっていう決心からですね。10代の時の凄絶な経験が、彼女に逃亡生活をさせたのかもしれません」

 石田はその逃亡劇に共感する部分が大きいという。

「私も実際、いろいろなことから逃げたくなる性格なんです。だからこそわかるんですが、逃げると恐怖が増すんですよ。この映画はロードムービー風に作っていますが、出てくる“敵”……と言ってしまいますが(笑)、最初は小物で、だんだん強いキャラが出てくる。こういう経験はふだんの生活でもあって、一度逃げ腰になると、ハッと気づいた時に、心の中で敵が膨らんでいるんです。それで慌てて蓋をして逃げて、また知らない時にパカッと開けると敵が大きくなっている。自分の心の中にあるものだから全然消えないんです」