動物と人間は感覚器官における進化の過程を共有してきた

『利己的な遺伝子』の著者であり進化生物学者のリチャード・ドーキンスは、「世界を普段とは違ったふうに見る。そうすれば、この世界に生まれ落ちたばかりの時の感覚を取り戻せるだろう」と言う。そのためには、進化の系統樹がその役に立つかもしれない。

 というのも私たち人間は、過去の長い歴史をすべての動物たちと共有しているからだ。しかし実際のところ、海の動物も陸の動物も空を飛ぶ動物も、持っている感覚はじつにさまざまだ。

 たとえば、ヒナデメニギス(深海魚)は、深い海の中でかすかな光を感じ取れる並外れた能力を持っている。ホシバナモグラ(モグラの一種)は、触覚を使うことで、日光の届かない地中のトンネルの中を迷うことなく移動できる。オオクジャクヤママユ(蛾)のオスは、月の出ていない真っ暗な夜に、においを頼りにメスを見つけることができる。

ADVERTISEMENT

著者ジャッキー・ヒギンズ氏は、オックスフォード大学大学院で動物学を専攻。科学界の重鎮リチャード・ドーキンス氏の弟子 ©Alex Schneideman

 いずれも極端な能力であり、一見、動物がそれぞれいかに異なっているかを証明しているようだ。しかし、よく調べると、じつはあらゆる動物の類似性が見えてくる。みな、共通の祖先から進化してきた“親戚”だから、“親戚”たちの感覚について調べ比較してみると、人間の感覚についてもより深く理解ができるのだ。

人間は1兆種類のにおいを区別できる——「内なる犬」を目覚めさせよ

 動物たちを通して分かってきた、私たち人間が秘める不思議な〈超感覚〉とは、果たしてどんなものなのか。本書のカバー目次から、ざっと紹介してみよう。

【内なる嗅覚】
人間は1兆種類のにおいを区別できる。「内なる犬」を目覚めさせよ

【超味覚】
“泳ぐ舌”と呼ばれるアマゾン川の怪魚と“超味覚”を持つ人間

【色世界】
色の嵐を生きる人間vsモノクロームを生きる人間

【触覚と脳内画像生成】
全盲の画家が存在する理由

【耳は「視力」を持つ】
闇の狩人フクロウの「聴力図」とヘレン・ケラー

【時間感覚】
完全な闇のなか、時間が分からないまま生きられるか

【フェロモン】
動物の自由意志を揺るがす。夜の巨大クジャク蛾と人間の興奮

【方向感覚】
人間も渡り鳥になれるか。豪州の先住民は地球の磁気を感知か

【非・幽体離脱】
”地球外”の知的生命体・タコと人間の身体感覚  ほか

『人間には12の感覚がある 動物たちに学ぶセンス・オブ・ワンダー』(ジャッキー・ヒギンズ著 夏目大訳)

世界は〈超〉美しい——目を、耳を、皮膚を、舌を、鼻を開こう

 こうした感覚は、はたらいていることが意識されないので、アリストテレス同様、ほとんどの現代人もその存在を知らないままだ。しかし、意識されない感覚も感覚であり、これからもそのような感覚がさらに見つかる可能性がある。

 だからこそ、目を、耳を、皮膚を、舌を、鼻をもっと開いてみよう。われわれが感覚器官を開くことができれば、世界の美しさを今までよりもっと深く味わえるはずだ。それは、21世紀の「センス・オブ・ワンダー」ともいうべき奇跡のような体験なのかも知れない。

人間には12の感覚がある 動物たちに学ぶセンス・オブ・ワンダー

ジャッキー・ヒギンズ ,夏目 大

文藝春秋

2025年7月24日 発売

次のページ 写真ページはこちら