家族会議で突きつけられた「無職」の現実
ヒィロ 家族には、解散の半年前に会って伝えました。両親と兄はずっと応援してくれていたので、悲しそうでしたね。
その場には兄の奥さんも同席していたのですが、「音楽を辞めてどうするの? あなたの経歴は一般社会では役に立たない。食べていけないよ」と真剣に忠告されました。「解散まで半年あるなら、その間に何か資格を取ったほうがいい」と言われて、初めて「俺ってヤバいかも」と自覚しました。半年間、実家で暮らしながら手当たり次第に資格を取りました。
――どんな資格を取ったのですか?
ヒィロ 美容関係や、心理士の資格を取ったり、バンド時代は機材を運ぶ機材車を自分で運転していたので、「稼ぐなら長距離ドライバーかな」と転職先を検討しました。
最終的には、「美容を伝えたい」ということに行き着きました。ファンの子達から「美容講座を開いてほしい」「化粧品を開発してほしい」と言われていたので、「自分のやっていることは、意外と需要があるのかもしれない」と感じていたんです。
そこで、表情筋の構造や動きを学ぶ「表情筋インストラクター」の資格を取得し、顔の筋肉の構造や機能に合わせたトレーニングを提案する美容セミナーを行いました。すぐにお客様がつくようになり、全国各地を飛び回るようになりました。
――美容の仕事は軌道に乗るのが早かったのですね。
ヒィロ 昔から独学で美容法を学んでいたことが生きたのだと思います(笑)。ただ、徐々に「セミナーよりも、直接施術をしてお客様を幸せにしたい」という気持ちが強くなり、「自分のエステサロンを開こう」と決めました。
バンド時代に、メンバーにメジャーデビューを宣言したときのように、周りの人達に「来年の6月にエステサロンをオープンします」と明確な時期を伝えて、自分を追い込むことから始めました。
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