工藤さんのケースでは、上司である学校長は、周囲からのプレッシャーもあってか、書類の提出に協力し無事書類は申請となった。しかし、「もし隠蔽体質の校長や教育委員会にあたってしまったら終わり」と祥子さんは話す。公務災害は労災と同様に本来無過失責任であるため、認定されたからと言って直ちに上司に責任があるとはならないが、それでも認定を受けて責任を問われることを避けるために最初から協力を拒否する校長がいても不思議ではない。
実際に祥子さんの周りでも少なくとも5人の教員が亡くなっており、過労が原因だと考えられるものの、公務災害の申請に至ったのは祥子さん一人だったという。祥子さんは妹尾昌俊氏との共著『先生を、死なせない。(教師の過労死を繰り返さないために、今、できること)』(教育開発研究所、2022年)で、「私の周りには、申請すらできなかった先生がたくさんいらっしゃいます。しかも、そのご遺族は申請をしてもらえなかっただけでなく、一緒に働いていた所属長、同僚から一切味方もしてもらえず、逆に悪者のように扱われるという許し難い状況をたくさん見てきました」(p81)と述べている。
公務災害における「二重のハードル」
文部科学省の「2022年度教員勤務実態調査」によれば、過労死ラインを超えて働く公立中学校教員は全体の36.6%、小学校教員は14.2%と、教員の間で長時間労働が蔓延していることがわかる(https://news.ntv.co.jp/category/society/bcd16bdba937413f830ba40905c37603)。過労死裁判も全国で起こっており、富山県滑川市の中学校教員が過労死した件では、市や県に対して約8300万円を遺族に支払うよう命じた判決がくだされている。
文部科学省「学校教員統計調査」によれば、2009年度は557人が、2021年度は329人の教員が雇用期間中に亡くなっている。もちろん、ここには病死や事故死など勤務とは無関係のケースも含まれるため、これらすべてが過労死や勤務に原因があるとは言えないが、過労死に関わるケースは一定数存在すると考えられる。
にもかかわらず、脳・心臓疾患を原因とした公立の小中学校教員の労災(公務災害)申請件数は、2022年度は11件(認定は5件)、2023年度は7件(認定は7件)と極端に少ない(地方公務員災害補償基金「令和5年度過労死等の公務災害補償状況について」)。なぜこれほどにまで申請件数が少ないのだろうか。その背景には、公務災害と呼ばれる、民間企業で働く労働者向けの労災制度とは別に設けられた公務員のための労災制度の特殊性に加えて、公立学校で働く教員が公務災害を申請する際には、学校長と教育委員会といういわば「上司」と「経営者」の承認を得なければそもそも申請ができないという二重の制度的ハードルの存在がある。