『入国審査』
昨年、アメリカ旅行をした。海外旅行自体が20年以上ぶりでアメリカは初。しかも旅行会社からは「アメリカの入国審査は厳しい」と言われていたので、かなりの緊張感を持って臨んだのを覚えている。結果的には担当官が陽気なお兄さんで雑談が弾んだほどだったので問題なく通過できたのだが、「もしも何か引っかかったら」と気が気でなく、許可の印を押されるまでは心身とも強張っていた。
それだけに、まさにその「アメリカへの入国審査」を題材にした本作は生々しく接することができた。窓口が近づいてくる際、係官と会話する際、指紋登録する際。その一つ一つを「緊張の瞬間」として危機的に描写してのけているため、序盤から一気に引きこまれる。
ただ、こちらとは大きく異なる点がある。こちらはお気楽な旅行者なのに対し、劇中の男女カップルはスペインから移住するために空港に降り立っているのだ。しかも、女性はスペイン人であるのに対し、男はベネズエラからスペインへの移民。女性の得たビザに乗っかる形での移住である。その緊張感たるや、こちらの何千倍もあるだろう。その心理が、生々しく伝わってくる演出が素晴らしい。
2人の入国は許されず、別室へ連れていかれる。ここからが本番だ。2人は尋問を受けるのだが、密室内での空気の圧迫感が実にリアルに映し出されており、精神的に追い詰められていくにつれて、こちらも思わず息苦しくなってくる。
しかも、それだけでは終わらない。高圧的な係官たちから理不尽な目に遭う悲劇と当初は思わせておいて、徐々に男性の裏事情が明らかになっていくのだ。この辺りのやり取りは実に巧妙な描かれ方をしており、男性の憔悴と女性の揺らぐ信頼感、そして全てをコントロールする係官、それぞれの心理劇を心行くまで楽しむことができる。
あまりに皮肉過ぎるエンディングに至るまで完璧なプロットに貫かれており、地味の極致といえる題材ながら一級のエンターテインメントに仕上がっていた。
『入国審査』
監督・脚本:アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケス/出演:アルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシ/2023年/スペイン/77分/配給:松竹/© 2022 ZABRISKIE FILMS SL, BASQUE FILM SERVICES SL, SYGNATIA SL, UPON ENTRY AIE/全国公開中

