直接民主主義のパスはデジタルでつくれる
私は多種多様な意見をもつ人々が集う社会で意思決定を行うには、デジタル技術によって開かれたコミュニケーションの経路(パス)をつくることに鍵があると考えています。
OWS運動は大きな注目を集めましたが、特定の政治基盤をもたない多様な人々の集合体が、原始的な形での直接民主主義で物事を決めることの限界も示していたとも思います。反格差では一致していたものの、政策レベルでなにを要求するかがまとまらず、多くの参加者が離れていく結果となりました。
OWSが残した課題――多元的なコミュニティにおいて効果的に意思決定を行うメカニズムの設計――は、今のテクノロジーを使うことによって解決可能なのではないか、というのが私の仮説であり、ビジョンです。
現行の代議制民主主義は、市民が選択できることが少なすぎるという問題を抱えています。アメリカであれば共和党か民主党か、保守かリベラルかという2択、極論をいえば“1ビットの情報量”しかありません。日本では、この30 年間の大半において、自民党・公明党の連立政権だったために、政権与党の部会で物事が決まり、国民の意見を反映させて政策を練り上げるルートがほぼありませんでした。
このような政治の意思決定には、(1)スピード感の欠如、(2)長期目線の欠落、(3)リスクをとる大きな決断の回避(問題の先送り)、という3つの問題があります。民間のビジネスならこの3つの問題を解決できなければ自然淘汰を免れませんが、こと政治においてはこれらを補正しようとする力がはたらきにくいのが実情です。
では、どのようにして意思決定の仕組みをアップデートすればよいのでしょうか?
意思決定の3つのアンサンブルとは?
一つのアプローチは多様なデータを適切なバランスで参照できるようにすることだと思報」、「個人の無意識のままの情報」、「複数人で議論を経た熟議的な情報」の3つがあり、この3つの重ね合わせ(アンサンブル)から民意を推定することが重要です(図参照)。
まず「意識の情報」とは、一人ひとりの脳内で言語化がなされた情報のことです。SNSや各種メディア、パブリックコメント、投票結果などに「意識の情報」は表出しています。
「無意識の情報」とは景気指標や消費行動の統計など、集団の無意識が読み取れるデータです。将来的には成田悠輔の『22世紀の民主主義』で描かれたように心拍数や脳波のようなデータも入ってくるかもしれませんが、まだ現時点でそこまでの技術は確立していないので、本書ではスコープ外とします。
「熟議的な情報」は、実際に議論を進めていくなかで交わされる多様な視点や専門知のことです。地方議会や国会をはじめとして、党内、草の根で行われるさまざまな議論で表出される意見となります。
この3つの組み合わせで最適なポートフォリオを組んでいくのです。
もちろん、情報源(データソース)ごとにさまざまな偏りがあります。例えばSNS上での議論は当然SNSを使う人の意見しか聞けませんし、政治的意見を自らネットに投稿する人は大多数ではないでしょう。荒らしのような書き込みも多数あるはずです。ですが、ネット上で提起された論点が世の中に影響を与えてきた例は多数存在します。データサイエンスの分野でも、異なる情報源をうまく組み合わせることができれば予測精度が上がることが知られています。民主主義においても、使えるデータはバイアスを認識しながら、可能な限り参考にしてゆくべきだ、と考えています。
有効活用に際しては、現状2つの問題があると思います。せっかく使える情報がたくさんあるのに「意識の情報の反映のされ方が弱い」ことと、「熟議のプロセスが閉ざされていて参加が難しい」という点です。本来はもっと世論が汲み取られるべきイシューなのに民意がほとんど考慮されず、また、国会議員が専門家や市民も交えて熟議すべきなのに、プロセスがオープンではなく、事実上市民が熟議に参加するのが非常に困難になってしまっています。

