「もし加害者が父親だった場合、父親が死んだらその一家が路頭に迷うかもしれないし」
「?」
わたしは通訳のメフディーさんに「ごめんなさい。もう一回言ってください」とお願いした。メフディーさんはわたしが理解できるようにゆっくり言い直してくれたけど、それでもわたしの顔には「?」が浮かんだまま。
「ん? 父親が死ぬ……んですか?」
レイプ犯は死刑、告発する側にも覚悟がいる
その瞬間、メフディーさんは気づいた、わたしに根本的な知識が欠落していることに。
だから大急ぎで教えてくれた。
「イスラム法では、レイプ犯は死刑ですから」
ええっ!
なるほど、そういうわけなのか。加害者が死刑になる裁判を起こすなんて、とんでもなくハードルが高い。衝撃を受けているわたしの様子を見て、シーマーさんはさらに根本的なことを告げた。
「そもそもイランでは婚前交渉が犯罪です。だから裁判で「これはレイプではない。合意のもとでの性行為だ」と認定されたら男女ともに有罪となります」
「ちょちょちょっと待ってください。性被害を受けた女性も有罪になるんですか?」
「はい。鞭打ち100回の刑に処せられます」
呆然とした。なにその法律。
幸い、近年はレイプ被害を訴えた女性に鞭打ち刑が科せられることはなくなってきたらしい。裁判官は死刑判決も避けたがる傾向にある、と言ってシーマーさんは最近手がけた案件を教えてくれた。
24歳の女性が知人男性の車に乗り襲われた例
銀行でローンを組みたいと考えた24歳の女性に、近所に住む顔見知りの男性が声をかけた。「ぼくの知り合いの銀行員が相談に乗ってくれるから、一緒に会いに行こう」。男は車に女性を乗せて、銀行に向かうと見せかけて人通りのない場所に連れ込んでレイプした。
原告となった女性に、法廷で裁判官は言った。
「あなたは積極的に彼の車に乗ったんですよね? それは性行為に合意したからでは?」
弁護人をしていたシーマーさんは猛反発した。