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「週刊文春」連載中は毎週担当者に「本当に面白い?」と聞いていた

――それにしても、男性たちの別れ際の言葉がひどいですよね。「ポイ捨て」とか「復讐」とか、生々しい言葉の数々は、実際言われたことだったのか……。

村山 はい(笑)。でも、ここまで書いちゃうと可哀相だなと思って、省いたところも結構あります。実際にはもっと腹の立つメールがきたこともありましたし。たぶん先方が連載を読んでいたせいだと思いますが、なんでこんな時期に感謝を伝えるメールがきたのかなと思うこともありましたし。そういうのを逐一小説の中に書いていたら、これ、話が終わらなかったと思う(笑)。

 書きながら一番悩ましかったのは、人の愚痴を延々と聞かされているような小説になっちゃったら嫌だっていう、そこだったんですね。ちゃんと虚構として面白いかどうかっていうのが気になって、「週刊文春」に連載中はもう毎週のように担当さんに「本当のこと言ってね、面白い?」って訊いていました。「なかだるみしてない?」「もう結構、って思わない?」って。

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瀧井朝世さん ©石川啓次/文藝春秋

――いや、なかだるみどころか、本気で腹立てながら読みました。さて、『ダブル・ファンタジー』では6人くらいの男性とつきあっていると思うんです。今作でも新しい男性がいろいろと登場しますね。しかも、みなさん相当個性が濃いですよね。奈津さんは自分から出会いを作りにいくし、出会いを引き寄せもする。

村山 女友達といろんな話をしていると、みんな普通の生活をしているようで、いろんなことをしているんだなっていうのがあって。それで「ちょっとそこに連れていってくれない?」と頼んだりもしました。奈津が最終的に辿り着く場所が見えてきてから書き始めたので、そこまでの道に紆余曲折あればあるだけ、そして行動したことに対して虚しくなっていけばいくだけラストの説得力が増すんじゃないかなと思っていたんですよね。

 奈津と大林の間に早々に身体のやり取りがなくなった時、じゃあ外で身体のやり取りをすればバランスが満たされるのかといったら、そんなことはない。あまり男の人だから女の人だからという言い方はしたくないのだけれども、でもやはり女の人にその傾向が強いのかなと思うのは、心のやり取りがない身体だけの関係というものに関して、あまり即物的に気持ちよくはならないという。やはり心が満たされて、心が達してはじめて身体が達するという部分は、どちらかといえば女性のほうに多いんじゃないかなという実感がありますね。なので、奈津が同じようなことを繰り返せば繰り返すほど虚しくなると体感していってほしかったんです。

ダブル・ファンタジー〈上〉 (文春文庫)

村山 由佳(著)

文藝春秋
2011年9月2日 発売

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ダブル・ファンタジー〈下〉 (文春文庫)

村山 由佳(著)

文藝春秋
2011年9月2日 発売

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五木寛之さんに言われた「驚くほど凡庸」。それが私の強み

――本業が男優の白崎さんもいい人なんですけれど、奈津さんにとってはいまひとつという。

村山 たとえそういうプロフェッショナルな人に対しても気を遣ってしまうというね。そういうことを書きながら、これは特殊な事例なのか、それとも読む人に「ああ、こういうの分かる」と思ってもらえる普遍のところまで書けているのか、我が身をサンプルにして書くと時々分からなくなるんですよね。

 でも、私、『天使の卵』(1994年/のち集英社文庫)でデビューした時、五木寛之さんの選評に「驚くほど凡庸だ」って書かれたんですよ。「だけどはじめから中庸というのは、あなたにとって大きな強みだ」というふうにも言われました。あの頃は持って回った皮肉のようにも感じたんですけれど、後から考えてみたら、すごく素敵なことを言われたんだなと思うようになりました。というのもつまり、私自身の感情や、体感したことを表現する時、そんなに恐ろしいほどの特殊にはなっていないんじゃないかという安心感があるんですね。きっと世の中に私のような感じ方をする人はそこまで少なくないだろうという。それを頼みに書いてきた感じがあります。

天使の卵―エンジェルス・エッグ (集英社文庫)

村山 由佳(著)

集英社
1996年6月20日 発売

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村山由佳さん ©石川啓次/文藝春秋

村山由佳(むらやま・ゆか)
​1964年生まれ、東京都出身。立教大学文学部卒業。2003年『星々の舟』で直木賞受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞をトリプル受賞 。

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「作家と90分」村山由佳(後篇)──最初の性の思い出が、罰の記憶と重なってしまった──に続く
http://bunshun.jp/articles/-/8110