前編より続く

幼い頃、母の「足切ってもらおうな」という言葉が怖くて失禁した経験

――読む人が『ミルク・アンド・ハニー』の奈津さんに気持ちを寄り添わすことができるのは、彼女が単に性と快楽に貪欲なだけじゃないからですよね。加納というライターに指摘されるように実はセックスに対して罪悪感があることや、その時つきあっている男性と創作が結びついている点など、人格面で隠された部分が見えてくるのもまた興味深かったですね。

ミルク・アンド・ハニー

村山 由佳(著)

文藝春秋
2018年5月30日 発売

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村山 性格とセックスってダイレクトに繋がるものなんだな、というのは、書けば書くほど思うようになっていきますね。自分自身の性格上とか、ものの考え方の問題点って、性愛にもやっぱり出るんですよね。なんでもかんでも母のせいにするつもりはないのに、これもやっぱり分析していくと母に辿り着いてしまうというか。

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 前にもたしか『放蕩記』に書きましたが、私の場合、幼稚園の頃、何も分からずに気持ちいいからといって御座布団を足の間に挟んでいたら母が逆上して、黒電話を握って主治医の先生に電話するふりをして「足切ってもらおうな」と言ったんですよ。それが怖くて怖くて失禁した経験があって、最初の性の思い出が罰の思い出と重なってしまったんです。その後も、私自身が女っぽくなると「いやらしい」と言われたし、性的なものは全部「ふしだら」なものでした。結局、女である自分をうまく認められないまま、これは人に隠さなきゃいけないものだと思ったまま大人になったんですよね。そうじゃないんだ、そこから自由になっていいんだと思うようになってからも、なお無意識下の深いところで引きずるものですね。だからセックスの時も、深く感じるためにはこれは自分の意志じゃないんだというエクスキューズが必要になる。

村山由佳さん ©石川啓次/文藝春秋

性は子どもを産むことに直結する場合のみ女性に許されるのか

――だいたい、10代のうちは性的なことを「はしたない」と言われ、20代以降は急に「結婚しろ」「子ども産め」と言われるギャップってすごいですよね。

村山 本当にそうですよね(笑)。女性が自分から欲しちゃいけないかのように植え付けられるのもそう。求められて、それを幸せな気持ちで受け入れて、そして子どもを産んでという。そこに直結するものじゃないと性はいけません、みたいなものが強烈な形であったものですから。そこまで強烈でなくても、性というものに対する、ちょっと鬱屈した感じとか、罪悪感とか、そういったものを分かってくださる女性読者もいらっしゃるんじゃないかなって思います。

――さきほどちょっと名前を出しました、風俗ライターでありノンフィクション作家の加納さんは強烈な人物ですね。彼とのメールのやりとりがもう、ものすごくて。奈津さんは結局、ちゃんと言葉を操れる相手じゃないと難しいんですよね。

村山 そうですね。ここだけの話、加納も、それとここに出てくるセバスチャンも実在したんですけれど……。

――え! なんと!

村山 (笑)。そう、セバスチャンは見栄えのよい男でしたけれど、本当に女子高生かなって思うような顔文字を使うメールで(笑)。最初は「言葉を持たない動物と恋愛するってこういう感じかな」って思って新鮮だったんですけれど、やはり持続性はないですね。

――加納さんとのメールの応酬もかなりリアルな部分があるのでしょうか。 

村山 内容は相当いじりましたけれど、メールでやいやいお互いに煽り合うというのは実際にありましたね。『ダブル・ファンタジー』の時に目上の演出家の志澤とのメールのやりとりにほぼ1章分費やしてあったので、今回は逆に、自分のほうがキャリアがあって、相手が小説家になりたいとか、文章を書きたいという立場という二人にすると、第1作と対照的になるかなあという思いもあって書きました。

ダブル・ファンタジー〈上〉 (文春文庫)

村山 由佳(著)

文藝春秋
2011年9月2日 発売

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ダブル・ファンタジー〈下〉 (文春文庫)

村山 由佳(著)

文藝春秋
2011年9月2日 発売

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