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何も経験していない10代の文章に「この一行は私からは出てこない」と思う

◆私は将来作家を目指しているものなのですが、経験を通した上で作品を書くことが重要だとよく耳にします。『ダブル・ファンタジー』を含め今回の作品にも過激なシーンが多く、想像で書くには難しいことのように思われますが、村山由佳先生もそういった経験があり、作品に反映させているのでしょうか? もしも想像で書いているのなら、どのようにしたらこのように現実味を帯びさせるような書き方が出来るのか教えて欲しいです。(10代・男性)

村山 脳内で組み立てたことでも、それを文字にする時に、本当に痛みを感じたり苦しかったり憤りを感じたりということがありうるんですよね。なので、それはすでに実体験であり、自分の思いついたことであるんです。その時の圧のかけ方みたいなものによって、現実でないところでも現実と遜色なく並べることができると思います。確かに経験値があったほうが強いでしょうけれど、足りない部分は表現の仕方の工夫で結構補強できますよ。だって私自身、10代の人が書いた、その時しか書けないような小説に負けたって思う時があるわけだから。小説すばる新人賞の選考なんかをしていると特に思うんですけれど、「この一行は私からは出てこないわ」っていうのがあるんです。経験していないはずの10代の人から、そういう一行が出てきたりするわけなので、経験だけが強いわけではないです。

◆本を読んでいる時、集中力が欠けたり理解できないときに、少し前から読み返す事があります。しかし、村山由佳先生の文章は「すとん」と真っ直ぐに素直に入ってきます。とても読みやすく、物語に集中出来ます。文章の書き方で気をつけていることや、コツがあれば教えていただけると嬉しいです。(30代・女性)

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村山 それを言っていただけるのはありがたいですね。そう読めるように、つまり何も引っかかりがなくどんどん沁み込んでいくよう工夫して書いているつもりなんです。一番気をつけているのは、工夫の跡が見えないようにすることです。「この部分がうまいなあ」と思わせるのは、そこが突出しているということだから、失敗なんだろうなと思っています。

男に嘘くさくなく「愛してるよ」って言えるのは、今がはじめて

◆とてもアバウトな質問で申し訳ないのですが、先生が思う恋と愛の違いはなんでしょうか? お答えいただければ幸いです!!(10代・女性)

村山 可愛いなあ(笑)。私自身もね、男の人に嘘くさいなと思わず「愛してるよ」って言えるのは、今がはじめてなんですよ。なので、あなたの歳から分かろうとすることが間違いです(笑)。「愛とは」「違いとは」といった、「とは」という、全員に共通した定義ができるようなものってないと思います。たとえば「その人のために死ねるのが愛」と言われても、「私は養わなきゃいけない猫がいるし、そういうわけにはいかない」って思うんですよね。だから「その人のために死ねるのが愛である」と言われると、私のは愛ではないんだなと思う。ただ、「その人と生きていきたいな」と思うというのは、やっぱり愛なのかなと。

◆小説を書こうと思っていて、途中までは書けたのですが、その先がなかなか進みません……村山さんはこういう時どうしていますか?(20代・女性)

村山 逆に小説家になりたいという人に何かひとつアドバイスを、と言われる時に必ず言うのが「最後まで書きなさい」ということなんですよ。未完の大作がどれだけあっても、どこにも応募できないので。

 途中で引っかかって先に進まなくなったとしたら、何かが間違っているんです。すごく簡単なことを言えば、私が途中まで書いてこれ以上進まないと思ったら、主人公の名前を付け替えるだけでもずいぶん違います。そんな些細なことであっても、間違っていると先に進まないんです。だから、もう一回全部バラして考え直してみたら、今度はうまくいくかもしれないですね。

奈津は龍になれたのでしょうか?

◆小説を書く時に見えているものってあるのでしょうか。たとえば、映画を見ている感じとか、もしくはすべてが立体的で、あたかも別の世界にいるような感じとか。(40代・男性)

村山 ラストシーンがパーンと映画みたいに見える時がありますね。途中の一場面だったりすることもありますが。頭の中で無声映画がカタカタと流れていて、ちょっと待って、これ小説になる、という時はよくあります。でも映像から入ると小説は長くなりますね。映像的なものを全部文章にしようとすると長くなるので。

◆『ダブル・ファンタジー』のなかでキリン先輩と香港で文鳥占いする場面がありますよね。そこで奈津は「普段のあなたはおとなしい蛇のようだが、本当は猛々しい龍の力を秘めた人」と言われます。『ミルク・アンド・ハニー』で、奈津は蛇から龍に変わることができたのでしょうか。(50代・女性)

村山 龍になったというか、彼女の中にもともと龍がいたと思います。それで、龍をありのままの龍でいさせてもらえる環境を得たのかな、と。わざわざ押し込めずにすむようになったのかなと思っています。

村山由佳さん ©石川啓次/文藝春秋

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年生まれ、東京都出身。立教大学文学部卒業。2003年『星々の舟』で直木賞受賞。09年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞をトリプル受賞 。