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“サイボーグ化”の正当性が議論になる?

 人工素材を使った手術は、少年に多い剥離骨折型の靱帯損傷に有効で、骨に近い部分の損傷を補強できる。一方で、靱帯の中央部に損傷があるケースには有効でない。大リーガーには靱帯中央部の断裂が多く、新手術を受ける選手は今のところ少ない。

 近い将来、本格的な人工靱帯が投手の肘に使われる日が来るかもしれない。ただ人工靭帯で復帰した選手が大活躍すれば“サイボーグ化”の正当性が議論になるだろう。

 トミー・ジョン手術についてもパフォーマンスを向上させるサイボーグ化だと信じる人たちがいるという。だが術後の球速アップなどを示す科学的データはない。大リーグ機構は少年野球の指導者、保護者向けの啓発サイト「ピッチ・スマート」で手術によって球速が上がることはないと強調している。

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100億円を守るための「けが予防」

 米国のスポーツ医療は、プロリーグの資金力をバックに進歩を続ける。だが投手の肘の負傷を予防する有効な手立てはいまだに見つかっていない。ブルージェイズのチェリントン編成部長は、トミー・ジョン手術があまりにも効果的だったために球界が靱帯損傷の予防に取り組まなくなったとの見解を“The Arm”の中で述べている。

 大リーグ機構は科学的なけがの予防法を確立するため、2009年からジョンズ・ホプキンズ大に選手の医療記録の分析を依頼している。例えば太もも裏の肉離れについては、大半が開幕から6週間以内に起きていることが分かり、キャンプ中に対策を講じることで目覚ましい予防効果があったという。

 

 球団側が予防に力を注ぎ始めたのは、戦力維持だけが理由でなく、経済的損失を避けるためでもある。例えば田中の今季年俸は2200万ドル(約24億4000万円)、ダルビッシュは2500万ドル(約27億8000万円)。USAトゥデー紙によると、年俸2000万ドル(約22億円)以上の先発投手は2人を含めて16人おり、全員が複数年契約で最低4年は保証されている。100億円単位の投資が、投手の肘の靱帯に懸かっているのだ。

 これまで故障予防に関する情報は戦略として扱われ、チームを越えて共有されることがあまりなかった。サンプルが限られていたことが、対策が進まない一因だった。大リーグ機構と選手会は情報共有を進めようと、2014年ドラフト組の医療情報を追跡して故障の原因を探る試みを始めた。ヤンキースなど5チームがプロジェクト開始時から全面協力している。

 前述の「ピッチ・スマート」によると、大リーグ投手の約25%がトミー・ジョン手術の経験者だ。手術法が進歩するだけでなく、予防法が確立され、大谷のような才能が守られることを祈る。