他人の腱で復帰目指したピッチャー
大谷が回避し、ダルビッシュが受けたトミー・ジョン手術とは、前腕や脚から切り取った腱を肘へ移植し、切れた靱帯の代わりとする手術である。骨に開けた穴に腱を通して固定すると、腱は時間をかけて靱帯と同様の組織に変わり、骨と骨をつなぐ。1974年にドジャースのトミー・ジョン投手が受けたのが最初で、その名で呼ばれるようになった。第1号のジョンは術後に164勝し、通算288勝を挙げた。手術の最高の成功例と言われる。
野球ライターのジェフ・パッサンが2016年に著した“THE ARM”(「腕」)は、トミー・ジョン手術の現状を伝えた傑作だ。取材対象は大リーグの選手、関係者はもちろん、日本の高校野球選手にまで及び、読み物としての面白さだけでなく、資料的価値も高い。
レッズなどで活躍したトッド・コフィー投手のケースは興味深い。2012年に2度目のトミー・ジョン手術を受けたコフィーは、移植に必要な12センチ以上の状態のいい腱が前腕や太もも裏に残っていなかった。医師は交通事故で死亡した24歳の男性の太ももの腱を移植することを決断。臓器を扱う会社から病院が3000ドル(約33万円)で購入した「ドナーID101079556」の腱はコフィーの右肘の一部となる。
コフィーは「あなたとあなたの愛する人がいなかったら、セカンドチャンスはなかった」と記した遺族への手紙を臓器会社に託し、感謝を伝えた。「ドナーID101079556」としてしか知らない青年の遺族を大リーグ復帰戦に招待することを目指してリハビリに励む姿が本には描かれている。
残念ながらコフィーは大リーグ復帰を果たすことができなかった。2014年にマリナーズ傘下の3Aタコマで36試合に投げ、防御率1.93と投手としては復活を遂げたが、昇格の声がかからず、以後はメキシコや米独立リーグでプレー。2017年に引退を明らかにした。
投手の肘に人工素材を使う試みも
移植手術が40年以上にわたって主流のままであるのは、投球の負担に耐える人工靭帯がないからだ。だが部分的な補強なら、投手の肘にも人工素材を使う試みは始まっている。
パッサンは、トミー・ジョン手術の第一人者であるジェフリー・デュガス医師が考案した新しい肘の手術を紹介している。使用するのは化学繊維の縫合糸で編んだ幅3ミリ、厚さ1ミリのテープで、牛皮から抽出したコラーゲンでコーティングされている。このテープを骨に固定して靱帯を補強する「簡易版トミー・ジョン手術」は2013年に初めてアラバマ州の高校生投手に施された。少年は大学でも投手を続けたという。
最大の特長は復帰までにかかる時間の短さだ。復帰に1年以上を要するトミー・ジョン手術に対し、新手術は順調なら5カ月で実戦に復帰し、6カ月で公式戦に登板できる。プロなら10月1日に手術を受ければ、開幕戦で投げられることになる。これを大リーグ球団が見逃すはずがない。カージナルスの2投手が2016年に新手術を受け、このうちセス・マネス投手は2017年5月にロイヤルズで大リーグに復帰している。