2022年4月25日。
大阪、東京という二大都市で呪物を展示するイベントが開催された。そこで僕は親交の深い呪物のコレクター仲間と共に、呪物を持ち寄っての展示を行った。これはその展示会の会期中に起こった出来事だ。
前半の会場である大阪のギャラリースペースには延べ四十点ほどの呪物が並べられ、その中に〈覗くと死ぬ鏡〉として例の鏡も展示していた。そこでは来場者が誤って鏡を覗き込んでしまわないように鏡面は伏せた状態で置き、希望者がいれば特別に鏡面を見せるという方法を採用することになった。
有難いことにイベント自体は連日入場制限がかかるほどの盛況ぶりで、会場入り口には毎日のように長蛇の列ができ、遠方からはるばるこの展示会のために足を運んでくれたという方も多くいた。
僕も時間の許す限り在廊し、訪れてくれたお客さんと交流しながら、展示されている呪物の説明をしたりと忙しく過ごしていた。
大阪での会期が折り返しを過ぎ、そろそろ次の東京での開催が迫ってきた頃。
「はやせさん、ちょっと」
会場の奥でファンの方と談笑していた僕は、唐突にスタッフに呼び出された。
「これなんですけど」
スタッフが指さす先にはあの銅鏡が伏せて展示してある。
「どうかしたんですか?」
「いや、ちょっと……鏡、持ち上げてみてください」
「はあ……」
歯切れの悪い物言いに訝しみながら鏡を持ち上げる。そこで気づいた。
伏せた鏡とテーブルの間に何かある。
「なんですか? これ」
「いや、僕もさっきお客さんに言われて気づいたんですけど、昨日までは無かったですよね?」
それは紫色の小さなお守りだった。刺繡の施されたお守り袋が鏡の下に挟まれている。
スタッフも僕の横から不思議そうに覗き込んでいる。
確かに昨日までは無かったはずだ。もちろん僕が置いたものではない。
鏡自体はガラスケースなどにも入れておらず、誰でも触れられる展示であった。恐らく来場者の誰かが鏡の下に忍び込ませたのだろう。どこにでもあるような小さなお守り袋―。
「これ……どうします?」
せっかくの好意である。無下にするのも憚られる気がした。
「捨てるのもあれだし、このままにしておきましょうか」
こうして誰かが置いていったお守りは、そのままの形で展示することとなった。
2022年5月20日。
大阪での展示は盛況のうちに終了し、東京に場所を移して新たに展示会がスタートした。
会期が始まると、大阪での盛況の噂を聞いて楽しみに待っていてくれた多くの人が来場した。大阪と同じく東京でも鏡とお守りはセットで置いており、来場者からその理由を尋ねられたときには大阪会場での出来事を話していた。
東京の会場には僕の知り合いも何人か足を運んでくれた。そのうちの一人、まじないに詳しい知人が会場を訪れたときのことだ。
いくつかの呪物を一緒に見て回ったあと、例の銅鏡の展示の前に立つ。
展示されている鏡を紹介するため僕が手に取り、少し持ち上げたとき、下に敷いていたお守り袋が覗いた。それを見た途端、それまで談笑していた彼女が血相を変えて声を上げる。
「なにやってんの! 駄目よこれ!」
普段物静かな彼女のあまりの剣幕に驚きながらも、どうしたのかと理由を尋ねる。
「これ、絶対やっちゃ駄目だから! お守りを背にして向けるのは『禁忌』なのよ」
彼女いわく、お守りを背にした状態で呪物に向けるという行為は最も簡単に〈呪いを増幅させる〉方法であるという。まじないや呪術において〈逆にする〉ということは本来の意味の対極を意味する。この状態では「守る」という効果を反転させ、身を捧げるという意味合いが生まれるというのだ。そこに呪物を重ねて置いているのだから「呪って下さい」といっているようなものだ、と彼女は言う。
「ヘタしたら死ぬからね。誰がこんなことしたの?」
そんな言葉に大阪会場での出来事を知る僕や会場スタッフは揃って身震いし、一連の経緯を説明した。