真剣な顔で聞き入っていた彼女は全てを聞き終えると、一人妙に納得した顔を見せた。

「所有者が代わってるからよ」

 確かにこの銅鏡の現在の所有者は僕だ。金銭のやり取りもあるため間違いないはずだ。けれど意味が良く分からない。そんな困惑をくみ取ってか彼女が続ける。

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「考えてもみなよ。鏡を村川家に送った側―、つまり呪った側からしたら、村川家に送った『呪いそのもの』をはやせさんが勝手に持ってっちゃったんだから、そりゃ恨まれるよ。鏡に呪いを込めて送ったこと自体は相当昔のことだろうけど、送った側の血筋は続いてるんじゃないかな。そっち側の人間が『鏡をはやせさんが持っている』ことを知ったらどうなると思う? そりゃむちゃくちゃ恨むよね。向こうからしたら、見ず知らずの人間が勝手に持ってっちゃったんだから」

 彼女の言う通り、呪った側からすれば「突然現れ、村川家から鏡を奪っていった僕」は恨みの対象にもなるだろう。村川家に送ったはずの鏡が知らぬうちに僕の手に渡り、あまつさえ不特定多数が視聴する番組で取り上げられる。彼らがそれをメディアやYouTubeを通して知っていたとしてもなんらおかしくはない。

「呪いってのはさ、小さなきっかけ一つで簡単に矛先を変えるんだよ。『呪詛返し』ってあるでしょ? 彼らにしてみれば、何十年もかけ続けた呪いが途切れるだけでなく、これがきっかけで今度は自分たちに呪いが返ってくる可能性っていうのを考えたはずだよ。それこそそっくりそのまま鏡に反射するみたいにね。じゃあ自分たちの身を守るためにどうすればいいか? 簡単なことだよ。『鏡を元の持ち主に返させる』か『現在の所有者へ標的を変える』、このどちらかしかない」

 彼女の言葉通りならば、このお守りには明確な悪意が込められているということになる。あくまで憶測でしかないのだが、こんな想像だってできてしまう。

 恨みを募らせた彼らが、鏡が展示されている会場へ足を運び、人の目を盗んで鏡の下にお守りを忍ばせる。そして、そこにそっと新たな呪いを込める。

―どうか、鏡を奪ったこの男が死にますように―。

 結局、誰が何のためにお守りを忍ばせたのか今も分からないままだが、超自然的なものとは別の〈人間が持つ底の知れない闇〉に触れてしまったようで心から恐ろしく感じた出来事だった。

 呪物展が終了してしばらくした頃、僕のもとにテレビ局から出演依頼があった。

 例の鏡の、元の持ち主にも是非話を伺いたいということだったため、僕は村川さんに電話で連絡を入れた。久しぶりに聞く村川さんの声は変わらず元気そうで、なによりテレビ出演にも乗り気であったため早々に打ち合わせ日程も決定した。

 しかし打ち合わせの当日に村川さんのアドレスから一通のメールが届いた。だがそれは村川さん本人からではなく、彼の秘書からだった。そこには「村川が交通事故に遭い、入院しているため打ち合わせには出られません。すみません」とあった。本人の意識が朦朧としているため、代わりに連絡を入れたとのことだった。

 事故による怪我自体は軽いものであると聞いたが、その後村川さんとは連絡がつかなくなってしまった。心配になり彼の会社へ直接電話を入れると、既に退院し仕事には復帰しているとのことだった。しかしそこで村川さんから「もう鏡には関わりたくない」と言われてしまい、一方的に電話を切られてしまった。

 以降、村川さんからの連絡はない。

ヤバい実家

はやせ やすひろ ,クダマツ ヒロシ

文藝春秋

2025年8月22日 発売

最初から記事を読む 【恐怖体験】「その鏡を覗くと死ぬ」江戸時代から続く、ある一族にかけられた強烈な呪いの正体