「孤独死」という言葉を使いたくない理由
――ちなみに小島さんは「孤独死」という言葉はあまり使いたくないと考えているんですよね。
小島 そうですね。「孤独死」と言うと“孤独”という言葉がつくので、天涯孤独で寂しい人生だったように感じられますよね。でも遺品整理の仕事をしていると、全然そんなことないってわかるんですよ。結婚してなくて1人だったから「孤独」でかわいそうな人だとは言い切れなくて、友達と旅行に行ったり趣味を楽しんだりしてるんです。電車やアニメがすごく好きだったんだな、とか。
家族に恵まれていても子どもたちが大人になって家を出て配偶者が亡くなったら、1人になってしまうことはあるわけですよね。頻繁に娘息子や孫が遊びに来てくれていても、死って突然やってくるものなので、いつ亡くなるかは分からない。遊びに来てくれたその日の夜とかに亡くなっちゃう人もいるんですよ。
良い人生だったのに、1人で部屋で亡くなったからって「孤独」でかわいそうな人生だったと言われるのは違うと思う。「孤独死」って名称がそれを連想させてるなら「自宅死」でいいんじゃないかって。私たちの会社ではそう呼んでます。
――もっと理解が広がっていくといいですよね。
小島 10年前、私が仕事を始めた頃に比べたら認識はかなり変わってきていると思います。ただ人間って忘れる生き物なので。これからもいろんな人の口から「自宅死」について語られて、どんどん浸透していけばいいですよね。
自分の周りではそんなこと起こらないでしょ、って思っちゃう人がやっぱり多いんです。でも本当に急に起こってしまうものなので。実際、遺族の方に「まさか自分の親族が」って言われることはたまにあります。
本作を読んで「こういうことは起きるんだ」「他人事じゃないんだな」って思ってもらえたら嬉しいです。親や友達がいつ亡くなるかなんてわからない。だからこそ今生きているその人にしてあげたいこととか、一緒にやりたいこととか、後悔なくやっておいてほしいなと思っています。それって自分のためでもあることなので。
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