「中谷さんは、静かな口調で説明されるんですけど、もの凄く腑に落ちる話し方をされていました。彼の言葉に元学徒の方々も聞き入っていて。ガイドツアーが終わった時、彼女たちから『戦争体験者じゃなくても、充分伝わるよね』という声が上がったんです」(同上)
アウシュビッツの経験が、元学徒と戦後世代による双方向の体験共有を促していった。そして、それが2004年と2021年の館内リニューアルへとつながっていく。
私たちは何を以て歴史がわかったと言えるのか
Xや縦型動画を通じて、デマや嘘が平気で流布する世の中になった。そして2025年5月、西田参院議員の「ひめゆりは歴史の書き換え」発言が飛び出す。普天間館長は「SNSのアルゴリズムにより、自分が嗜好した情報を集中的に目にしてしまう時代だからこそ、戦争の記憶がしっかりと残っている場所に行って、きちんと学ぶべき」だと説く。
今回、筆者は資料館を訪れるまで、沖縄陸軍病院への動員はひめゆり在校生のすべてだと思い込んでいた。その理由を考えると、子どもの頃に観た映画『ひめゆりの塔』シリーズに行き着く。映画で観たイメージを脳内でつなぎ合わせて、事実だと思い込んでいた。実に怖いことだ。
「やっぱり私たち人間って、物事をどうしても自分のわかる範囲で理解しようとしてしまうんですよ。本当はひめゆりの在校生は1000人いたとか、そのうち500名が動員対象だったとか。ひめゆりの最後の1年だけで、突き詰めると本当に細かいことがたくさんあるのに、わかりやすい理解の仕方をしてしまう。
私たちひめゆり資料館の職員も、沖縄戦以外の、原爆や先の戦争に関する様々な出来事に対して、もっともっと思考しなければいけません。歴史に対して勝手なイメージを作り上げないためにも、戦争体験者の声や証言に真摯に向き合うべきではないでしょうか。
西田議員は『自分たちが納得できる歴史を作らないといけない』と発言していますよね。でも歴史って、勝手に作り上げるものではないと思うんですよね。歴史は、これまでの実証研究の積み重ねで明らかになっているものがたくさんあります。やっぱり丁寧に積み重ねられた研究にきちんと敬意を払って、日々しっかりと学んでいく。その態度こそが、私は今必要なんだと思います」(同上)
資料館開館当時は、職員募集の告知をたまたま目にして、特に大きな志もなく応募し、採用されたという普天間館長。最後に「かつて平和を伝えることに前のめりの自分でなかったことが、今、振り返って功を奏していると思いますか?」と聞いてみた。
「そうですね。熱意を持って発信することで、確かに受け手に響くということはあるとは思いますが、あまり思いが強いと、受け手はどうしても躊躇したり、敬遠したりすることもあると思うんですよね? だから一方的になりすぎないように、聞いてくださる方々と『一緒に考えていきましょう』という姿勢が大切じゃないかなと思うんです。
毎日戦争について考えて、思い詰めている人は、ほとんどいません。平和を伝えることに前のめりじゃなかったからこそ、そういう一般的な立場の方々の気持ちが理解できるし、『一緒に学んでいきましょう』という姿勢になれるんじゃないかと思います。今、自分では、そんな風に思っています」(同上)
(参考文献・映像資料)
宮良ルリ『私のひめゆり戦記』(ニライ社、1986年)
西平英夫『第四版 ひめゆりの塔−学徒隊長の手記−』(雄山閣、2025年)
伊波園子『ひめゆりの沖縄戦−少女は嵐のなかを生きた』(岩波ジュニア新書、1992年)
仲宗根政善『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記(改版)』(角川ソフィア文庫、1995年)
宮城喜久子『新版 ひめゆりの少女 十六歳の戦場』(高文研、2025年)
『ひめゆり平和祈念資料館ガイドブック 展示と証言』(公益財団法人 沖縄県女師・一高女ひめゆり平和祈念財団、2023年)
「歴史評論」(歴史科学協議会、2021年11月号)
小林エリカ『女の子たち風船爆弾をつくる』(文藝春秋、2024年)
キャロル・グラック『戦争の記憶 コロンビア大学特別講義−学生との対話−』(講談社現代新書、2019年)
映画『ひめゆりの塔』(東映、1953年公開、監督:今井正、脚本:水木洋子、出演:津島恵子/香川京子/他)
映画『あゝひめゆりの塔』(日活、1968年公開、監督:舛田利雄、脚本:八木保太郎/若井基成/石森史郎、出演:吉永小百合/浜田光夫/他)
映画『ひめゆりの塔』(東宝、1982年公開、監督:今井正、脚本:水木洋子、出演:栗原小巻/古手川祐子/他)
映画『ひめゆりの塔』(東宝、1995年公開、監督:神山征二郎、脚本:神山征二郎/加藤伸代、出演:沢口靖子/後藤久美子/他)
『【完全ノーカット映像】 “ひめゆり” は「歴史の書き換え」 自民党・西田昌司参院議員発言の真意は』(【琉球放送】RBC NEWS YouTube、2025年5月9日公開)



