米朝交渉のキーマンにする可能性も

 今回の金与正氏の「外交復権」は何を意味するのか。別の関係者は「来年にも始まるとみられる米朝交渉のキーマンにする気ではないか」と語る。米国の北朝鮮専門サイト「NKニュース」は6月、トランプ米政権が金正恩氏に親書を送ったものの、北朝鮮が受け取りを拒んでいると伝えた。

 北朝鮮を逃れた元党幹部は「北朝鮮は年末まで国防改革5カ年計画に集中している。計画を途中で放り出して米朝協議を始めれば、国内で求心力が落ちてしまう」と話す。そのうえで元党幹部は「今年の年末から来年1月に党大会を開き、5カ年計画の目標達成と同時に、対米決戦を唱えて外交戦に挑むのではないか」と予測する。

解放塔に献花する金正恩総書記の端に金与正氏が写っている。この写真を見る限り、序列は政治局常任委員クラス(軍の将軍、党秘書、政府閣僚)と言え、党副部長という公式の肩書を越えた扱いをされていることがわかる(朝鮮中央通信/2025年8月16日配信より)

第2期トランプ政権との首脳会談に向けて

 問題は、第2期トランプ政権の予測不可能性だ。相互関税を巡る各国との交渉やウクライナ和平を巡る交渉などで、トランプ米大統領の独善的な行動に関係国は振り回されている。日本外務省の元幹部は「実務者による積み上げがまったく意味をなさない。閣僚とトランプの間には深い断絶がある」と語る。第1期トランプ政権時の米朝交渉のように、事前に米国務省が乗り出して実務協議をして合意に至っても、トランプ氏が首脳会談でまったく違った結論を出す可能性もある。

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 前出の元労働党幹部は「事前に説明した内容と異なる結果になれば、金正恩の怒りを招く。下手をすれば政治犯収容所送り、最悪の場合は処刑されかねない」と語る。今頃、北朝鮮の外交官は戦々恐々だろう。

 北朝鮮は「これ以上、核問題で譲歩する交渉はしない」と宣言している。このため、首脳会談の前に「金正恩氏に、首脳会談で譲歩しなくても大丈夫です」と報告できる確信が欲しい。だから、下準備はどうしても必要になる。