石井さんはどのように心を立て直す過程をたどったのか。さらりと書かれているこの部分こそ聞かせてもらいたいと思った。視力を失うほどの絶望から自分を立て直すすべを知りたくない人はいないだろう。私たちも明日突然何かを失う可能性のなかで生きているのだから。
入院していた35日間が再起の土台に
「今はこんなふうに笑っていますけれど、彼も相応に苦しみました」
実際はどうだったのでしょうかと問うと、隣に座る同い年の妻・朋美さんが静かに言い、石井さんが笑った。
「そうなんです。でも、苦しんだ時間がすごく短くて、鍼灸師の先生から、石井くんの立ち直りの早さは奇跡だよ、と呆れられたくらいです」
失明して入院し、泣き暮れた35日間が再起の土台となったという。
「わずか1カ月、ですか? 早いですね」と思わず問い直した。私たちはともすれば、何年も前の過ちを悔い、思い悩むではないか。
すると、「少なくとも、最も深い苦しみの底からは、35日間で確かに浮かびあがることができた」と石井さんだけでなく朋美さんも言うのだ。そして、「もう終わったことだから、苦しさに焦点を当てる本を描きたいとは思わなかった」と。
だが、同時に、「9年後に今のように自由な働き方をしている姿は想像していなかった」と石井さんは振り返る。
妻の腕にすがって病院を再受診すると…
〈視界のすべてがにじんでぼやけ、何ひとつとしてはっきりと見えない。(中略)僕がそのときにあげた叫び声のなかには、どんな感情が入り混じっていたのだろう。混乱、恐怖、絶望、あるいはそのすべてだったのか。とにかく大声で泣き叫びながら、すでに起きて朝食の準備をしていた妻の名前を呼んだ。〉
本書冒頭の描写は胸を突く。
初診で「疲れ目でしょう」とあしらわれた週末の午後。そして翌朝目が覚めると、事態はより進んでいたのだ。朋美さんの腕にすがって再度受診すると、今度は紹介状を持たされた。そして訪ねた総合病院の救急外来で、石井さんは即入院となる。