2013年に開催されたパリ市内の映画博物館内でベルトルッチ監督は、「マリアにはひどいことをしたが、私はマリアの本物の屈辱がほしかった」と語っており、マリアが声を大にして告発した性的暴行を半ば認めた形だ。

レイプ神話てんこ盛りの「名作」への違和感

そもそも『ラストタンゴ』のストーリー設定自体が、現代の価値観で見ると不自然なものだ。19歳の若い女性が、アパートで偶然出会った正体不明の中年男性に突然性行為を迫られ、最初は抵抗するものの、やがて彼に惹かれていく――。これは典型的な「女性は暴力的な男性に本能的に魅力を感じる」「女性は嫌がっていても次第にセックスの虜になる」という偏見に満ちたストーリーだ。

1970年代当時、伝統的な結婚観や女性の性のあり方に一石を投じた斬新な映画と高く評価する人もいたが、現代の視点で見れば、これほど不可解で時代遅れな映画はない。

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一度のレイプシーンが奪った女優人生

マリアが受けた被害は計り知れない。映画の成功とは裏腹に、彼女の心は破壊された。

「人々は映画の役柄のままの私だと思った。でも実際は全然違う。セックスシンボルのように扱われて、とても悲しかった。本当は女優として認められたかったのに、映画のスキャンダルとその後の反響で精神的におかしくなり、心が壊れた」(前出の2007年デイリー・メール)

その後、マリアはオファーされる役のほとんどで裸体を要求され、拒否すれば「扱いにくい女優」のレッテルを貼られた。そして、1970年代後半からヘロイン中毒に陥ってしまった。

「後になって、私はベルトルッチとマーロンに完全に操作されていたことに気付いた」(同上)

マリアの回顧は、映画業界の権力構造の暴力性を如実に物語っている。

しかも、学者・専門家によるニュースメディア「ザ・コンバーセーション(The Conversation)」によると、アメリカ国内の興行収入だけでも3600万ドル(1972年当時の為替レートである1ドル=303円に換算で約110億円)の興行収入があったこの作品から、マーロン・ブランドは300万ドル(約9億円)、ベルナルド・ベルトルッチは不明だがおそらく同程度のギャラを得たと報じられている。一方で、新人のマリアは4000ドル(約121万円)の賃金を手にしただけだったという。計算すると約750分の1(0.134%)という額だ。