「1970年代に発せられた彼女の言葉が、2024年の今、とても現代的な響きを持っていると感じました」とパルー監督は語る。

彼女の言葉は現在のMeToo運動の先駆けだった。その後、2017年に起きた有名なハリウッドの元大物プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタイン事件にいたるまでの有罪判決をみれば、「構造」は何も変わっていないことに気づかされる。権力者が若者を食い物にし、「業界のため」「芸術のため」という大義名分で被害者を黙らせる。

この構造は日本映画界でも同様だ。最近では榊英雄監督、園子温監督、木下ほうか氏、ジャニー喜多川氏、中居正広氏による“性加害”など、「立場」を悪用したトラブルが相次いで発覚したのはご存じの通り。「断ればキャリアを失う」という業界特有の圧力構造は、50年前のマリアの時代から世界でも日本でも本質的に変わっていない。

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ようやく届く「ノー」の声

マリアは2011年に58歳で亡くなった。最後まで『ラストタンゴ』の影に苦しめられた人生だった。しかし今、彼女の声がようやく届き始めている。

パルー監督は筆者にこう述べた。

「この映画を撮ることで、私はマリアと深くつながることができたと感じています。私は願っています。ようやく、彼女の声が届くことを。ようやく、彼女が『聞いてもらえる』ことを」

『タンゴの後で』は単なる過去の告発映画ではなく、現在進行形の映画界への警告だ。マリアの「ノー」が50年を経てようやく聞こえてきた今、芸術の美名のもとに誰かの尊厳を踏みにじる過ちを繰り返してはならないはずだ。

池田 和加(いけだ・わか)
ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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