倉本は84年に立ち上げた「富良野塾」で俳優、シナリオライターの指導に当たっていた。

脚本家・倉本聰 ©文藝春秋

「シナリオライターの卵に対して、“子宮で泣かせて、睾丸で笑わせろ”っていうんです。つまり、体の底から人間を揺さぶると、人は感動をする。感動して、涙や笑いを出すと、体が浄化されて、いい顔になる。それがドラマの本質だと思うんです。そういった意味で今のトレンディドラマというのは、人間にとって何の栄養にもならないね」

 彼は自身の脚本執筆の他、後進の育成、そして、中高年の男性に知的刺激を与えることに注力しているのだと言った。

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「日本の中高年層を芝居小屋に連れ戻せないかと思っているんです。テレビドラマはその層を20年も前からターゲットから外している。大人の観る映画も文学も芝居もない。日本を支えている中高年が、精神的な刺激を受けないから、金、金になって、日本がおかしくなったんです。その状況は変わりつつあると信じたい」

 この取材から彼が憂えた状況は変わっていない、いや悪化している――。

 90年代、人気テレビドラマは、軒並み25パーセントから35パーセントの高視聴率を誇った。2010年代以降、シーズン最高回でも15パーセント前後、10パーセントを超えればヒット作という状況だ。みなが口ずさむ流行歌が消えたように、年齢、性別を超えた話題の中心となるテレビドラマはほぼない。

 Netflixなどの配信チャンネルに人が流れていることも原因の一つだろう。ただ、それだけではない。

 この章では、取材に応じた人間たちとの約束で“匿名”の証言を多用している。テレビドラマに関わっている人間は、報復を恐れていた。証言者は全てぼくが顔を合わせて取材している。伝聞情報は外し、証言者が体験した1次情報に限り採用した。そして可能な限り別の立場からの証言を照らし合わせた。数字等については2017年時点のものだ。

「テレビドラマを観るのは馬鹿だけ」

 ドラマ制作に携わるテレビプロデューサーは、日本のテレビドラマの現状について自嘲気味にこう言う。

「今、(テレビ局制作の)テレビドラマなんて観るのは馬鹿だけ。話が面白いかどうかとか、どうでもいいんだ。自分の好きなタレントが出ていたら、キャーと言って喜ぶ人、そういう人だけが観ている」

 そしてこう続ける。