主筆がいつからお前のオヤジになったのか

 球団代表時代のことだが、主筆の部屋から引き揚げるとき、新聞社の車寄せや玄関などで、かつての仲間たちと鉢合わせすることがあった。

 政治家の脱税や金融不祥事で一緒に仕事をした彼らもデスクなどを経験した後、社会部をアガる時期に差しかかる。編集委員など専門記者の道か、管理職へと踏み出すのか、岐路を迎えるのだ。

 久しぶりに彼らと話していると、思いがけない言葉に出会うことがある。社長室の階に異動した部員だった。

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「清武さん、きょうは主筆に呼ばれたんですか。しかし、渡邉さんはホントに面白い人ですよね」

「うーん」

「あの齢ですごいんですよ、オヤジは」

――オヤジ?

渡邉恒雄氏 ©︎文藝春秋

 おいおい、主筆がいつからお前のオヤジになったのか。かつては、「ナベツネ」と呼び、主筆と親しい政治家の不祥事記事が活字にならないのはけしからん、と息巻いていた社会部記者だ。

 権力や政財界の腐敗を追及するのに心身を捧げていたのに、彼の忠勤の重心は、わが社の権力者を守る「藩屏」として尽くすことに移っているように見える。

飼い犬記者になるな

 読売新聞社の編集局はそのころ、編集部門と管理部門のポストに交互に就きながらジグザグに上昇していく出世階段が確立していた。社会部からグループ社長室の法務部や広報部に移り、社会部の次長などに戻る。そして再び社長室などの部長クラスとして出世していくのだ。

 私が社会部の一兵卒だったころまでは社会部と社長室周辺には、情報を遮断するファイヤーウォールのようなものがあったように思う。警視庁や検察庁詰めの記者にも、知りえた核心情報は編集局以外には流さないという雰囲気があった。

 私は6年先輩の社会部デスク・光田譲から「新聞記者はポチ(飼い犬)になったらおしまいだ」とか、「ゴマすり上司には、たとえ社会部長であっても嘘をつけ」と諭されて育った世代だ。

 飼い犬記者になるな、という彼の言葉は後輩たちにしつこく伝えたが、私の率いた「経済事件班」の部員は散り散りになりつつあった。

 そして、社会部の司法キャップや警視庁キャップ経験者が法務部長など社長に近い要職に就くのが当たり前のようになると、その言葉もどこへやら、社内一体の空気が醸成されていった。管理部門が出世ポストとして部員に語られる時代である。

次の記事に続く 「記者会見したら破滅だぞ」読売のドン・渡邉恒雄氏から脅しの電話が…清武英利氏が語る“独裁者”との壮絶な抗争劇

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