「あんぱん」の脚本家も向田邦子ファン
ところで、蘭子=向田邦子モデル説の裏付けには、もう一つの重要な要素がある。
それは、「あんぱん」の脚本を手がける中園ミホと向田邦子との関わりだ。中園は2012年度に「はつ恋」「Doctor-X 外科医・大門未知子」で第31回向田邦子賞を受賞している。
中園は向田のエッセイ「手袋をさがす」について「今も妥協しそうになるたびに『手袋をさがす』をめくります。ここだけ色が変わっていて、付箋だらけ。一言一言が心に刺さって打ちのめされるし、励ましてくれるし、背中を押してくれる」「もし、この本に出合っていなかったら、きっとまわりの大人たちの言うまま結婚して脚本家にもならず、違う人生を送っていたかもしれません」と語っている。
さらに「向田さんが亡くなった年齢をとうに越してしまいましたが、いまだに雲の上の人。手の届かない憧れの人です」と、その影響の大きさを明かしている(クウネル・サロン『脚本家・中園ミホさんが恋した4冊』より)。
ちなみに、「あんぱん」で描かれた、蘭子と愛する人・豪(細田佳央太)の出征前のシーンは、向田邦子の『あ・うん』の別れのシーンと驚くほど似ている。
向田の『あ・うん』は、1980年にNHKでドラマ化され、1981年に文藝春秋から小説として刊行された向田唯一の長編小説だ。昭和初期の山の手を舞台に、製薬会社のサラリーマンの水田仙吉と親友の実業家門倉修造、門倉に思われる仙吉の妻たみ、一人娘さと子を中心に、戦争が迫る時代の人間模様を描いている。
蘭子と豪の別れは名作「あ・うん」に酷似
この作品の終盤、水田家の娘・さと子の恋人である義彦に召集令状が届く。出征前夜、義彦が別れを告げに来ると、門倉(父の親友)は「さと子ちゃんは今夜一晩が一生だな」とつぶやき、さと子に雪の中を去っていく義彦を追いかけるよう促す。つまり、戦争で死ぬかもしれない若い恋人たちに、最後の一夜を共に過ごさせようという大人たちの切ない配慮が描かれているのだ。