ただし、ドラマで描かれる蘭子と八木の恋愛関係は完全なフィクションである。そもそもやなせと向田が義兄妹だったなどという事実は一切ないし、サンリオ会長と向田邦子が恋愛関係にあったという史実も存在しない。実際、辻信太郎さんは会社を立ち上げる前の山梨県庁時代に結婚しており、1952年に長男の邦彦さんが生まれている。また、向田邦子は生涯、独身を貫いたことでも知られる。

やなせたかしは『アンパンマンの遺書』(岩波文庫)で、向田邦子との出会いを記している。やなせは映画雑誌『映画ストーリー』で仕事をしていた。その原稿を取りに来ていたのが「ベレー帽をかぶった眼の大きな女の子で、やなせさんの原稿は面白いから、毎号読むのが楽しみとお世辞をいった」(『アンパンマンの遺書』)。その人物こそが向田邦子であり、二人は気が合い、「あっちこっち、いっしょに展覧会を見に行ったりした」という。

やなせたかしと向田邦子の知られざる交流

ドラマでは八木から仕事の依頼を受けた蘭子が「やってみたいことがあるんです」と言い(第114話)、シナリオ執筆の展開を示唆するようなセリフが登場する。

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実際、向田は雑誌『映画ストーリー』の編集者を経て、脚本家の道を歩み始める。その初期について、やなせは以下のような興味深い記述を残している。

「『映画ストーリー』が廃刊になったあと、(向田が)シナリオを書いて生活していることを知ったぼくは、(編集部註:やなせが関係者だったTVドラマ)『ハローCQ』にも二本ばかり推薦して書いてもらった。出来上ったシナリオに、ぼくが手を入れた。『どんどん直して下さい』と彼女は言ったが、今思えば冷汗ものである。許して下さい、向田さん」(『アンパンマンの遺書』)

後に向田が日本を代表する脚本家・作家になったことを思うと、やなせがシナリオを修正したことについて恐縮するのも、無理のない話かもしれない。