棋士として活動する傍ら、「教授」の愛称で、幅広く将棋の指導や普及に尽力している勝又清和七段。そんな勝又七段が東大で11年間にわたり行ってきた将棋講座をまとめた本『キホンからわかる 東大教養将棋講座』(日経BP)が発売された。

 午前中から始まり、時に深夜まで続く過酷な対局。それを支えるのが腹ごしらえの「勝負メシ」だ。その最中に巡る複雑な心理戦や駆け引きとは――。本書から一部を抜粋して紹介する。(全4回の3回目/つづきを読む)

将棋のプロ棋士は“勝負メシ”で何を考えているのか?(写真:show999/イメージマート)

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将棋中継の定番となった「勝負めし」「将棋めし」

 2023年に藤井聡太さんが王座戦を制して八冠(2025年7月現在は七冠)になったことは記憶に新しいですね。そういう盛り上がりもあり、最近は協賛企業がものすごく増えています。

 叡王戦は2015年に誕生した棋戦です。第1期と第2期は、棋戦優勝者が将棋AIと戦う「電王戦」で棋士代表として出場していました。第3期からはAIとの対局は終了し、叡王戦としてタイトル戦に昇格しています。当時は「ニコニコ動画」を運営する、株式会社ドワンゴが主催でした。数多くの番勝負を動画で中継し、新たな角度で対局を盛り上げました。

藤井四段(当時)が注文したチャーシュー麺を撮影する報道陣 ©︎時事通信社

 その一つが「勝負めし」や「将棋めし」と呼ばれる、対局中の食事です。もともと将棋界では対局中に何を食べたかを観戦記等で取り上げる文化がありました。「観戦記」とは棋譜に指し手の解説や対局の様子、棋士のインタビューで構成された記事です。決まった形式があるわけではないので、書き手によって内容や構成に個性が出ます。古くから食事情報が盛り込まれたのは、「読み物として情景描写に食事風景を入れたい」「将棋は庶民の文化だから読者は食事にも興味がある」などの理由以外に、棋士が対局の形勢をどう考えているかを推測する材料になるからでしょう。例えばうな重やカツカレーなど、重いものを食べれば「長期戦だと思ってスタミナをつけようとしているんだな」。麺類やサンドイッチなど、軽めのものなら「いまが勝負どころだから、おなかいっぱいで頭が鈍らないように軽めのものにしたのか」。実際、私も局面がひっ迫していると食べても味がせず、食欲が湧きません。対局相手に急に「うな重」を頼まれると、「今日は気合が入っているな。スタミナもつけてとことん戦うつもりか」と感じます。優勢なほうが、「寿司特上」や「大盛り」とくれば「優勢でも油断していないから、逆転は大変か」と観念したり、形勢が悪くてもボリュームある食事を頼んだりすると、「これだけ差が開いても、まだまだやる気なのか」と気を引き締めることがあります。

 棋戦によって持ち時間は異なりますが、最も長いものだと深夜に終わります。長丁場を戦い抜くためには、頭が回るようにエネルギーを補給しなければなりません。またずっと考えても堂々巡りになりがちですし、メリハリをつけないと肝心なときに集中して考えられなくなってしまいます。脳に必要な糖質と水分、コーヒーやお茶などでカフェインを摂取して、頭をスッキリさせるのも大事です。「糖分・水分・カフェイン」が棋士が対局中に摂取する三大栄養素といえます。ちなみに棋士は皆甘いものが大好きです。それは脳が要求するからで、長丁場のタイトル戦ではおやつも大事なのです。私は対局時には必ずチョコを常備しています。チョコを持参する棋士は多く、バナナやゼリー飲料を好む棋士もいます。