棋士として活動する傍ら、「教授」の愛称で、幅広く将棋の指導や普及に尽力している勝又清和七段。そんな勝又七段が東大で11年間にわたり行ってきた将棋講座をまとめた本『キホンからわかる 東大教養将棋講座』(日経BP)が発売された。

 史上最年少でプロ入りし、2023年には八冠制覇という前人未到の偉業を成し遂げた藤井聡太竜王・名人(七冠)。その驚異的な実力を勝又七段はどのように見ているのか。同書より一部を抜粋して紹介する。(全4回の2回目/つづきを読む)

藤井聡太七冠(2023年) ©︎文藝春秋

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「将棋の神というしかない」藤井聡太のタイトル獲得ペース

 藤井さんは平成28年(16年)に棋士になりました。いきなり29連勝を達成するなど、当初から強かったのですが、その後の成長曲線がまたすごかった。令和2年(20年)に史上最年少で初タイトルとなる棋聖を獲得。さらに同年、王位も獲得して二冠になりました。

 当時の私は、羽生さんのタイトル獲得ペースを踏まえて次のような文章を書いています。

「藤井の2021年度は守りの年になると予想する。(中略)本当の意味での天下統一は、藤井が20歳になる2022年以降になるのではないだろうか。もし三冠や四冠になっていたら将棋の神というしかない」

 この予想は完全にはずれました。藤井さんのタイトル獲得のペースは加速します。令和3年度(21年度)のうちに五冠制覇を達成。令和5年(23年)の6月には名人を獲得して七冠制覇。いよいよ最後の一冠である王座を獲りにいきます。相手は研究仲間の永瀬王座でした。

“AI流”との高い親和性

 藤井さんの強みは、なんといっても圧倒的な読みの精度と速さ、それに裏づけられた終盤力にあります。子どもの頃から詰将棋を解き続けてきた賜物でもありますが、それ以上に天賦の資質だと私は思います。さらにAIとの高い親和性も持ち合わせていた。

 AIによる将棋研究は、手順を覚えるだけと思われるかもしれませんが、その「覚える」という作業が並大抵のことではないのです。まず、純粋に覚えるべき手数が膨大です。角換わり一つに限っても、細かい変化まで網羅するならば、一編の小説を一字一句、正確に覚えるくらいの記憶力が必要です。しかも、独特な文体(理解の難しい手順)で書かれているのですから覚えづらいときている。

 また、実戦で研究をはずれた後の指し回しも大変です。AI流で指した場合、我々が修業時代から指してきた形とはまったく違う局面になりますから、経験値や感覚が生きずに局面の急所や自玉の安全度がつかみにくいのです。