――その中で、シリーズの重要人物である真田信幸は、父や弟(真田信繁)とは違う「しぶとさ」で家名を残しました。彼の魅力はどこにあるのでしょう。

井原 信幸は、戦の強さ、勇気、温情、内政能力、決断力と、武将に必要な資質をほとんど持っています。体が弱かったことを除けば、完璧に近い。私の小説では本来、主要人物にはならないんですよ(笑)。完璧すぎて、読者の共感を呼びにくい。だから、欠点だらけの「変人」である右近の目を通して、彼の偉大さや、反対に人間的な部分を描く必要がありました。妻の稲姫に頭が上がらないところなども含めてですね。

――ちなみに、ヒロインの柳生紗良はオリジナルキャラクターですが、彼女を登場させた意図は何ですか?

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井原 右近というキャラクターの人間的な側面に、もう一つ深みを持たせたかったからなんです。戦乱の世に生きる男ですが、彼にも当然、心安らぐ場所や誰かを大切に思う気持ちがあるはずです。そうした彼のプライベートな部分を丁寧に描くことで、物語に温かみや奥行きが生まれると考えました。特別な何かを背負わせるのではなく、一人の人間としての彼の日常や心の機微を描きたかった、という思いがありますね。

「犬伏の別れ」の舞台になった佐野市・新町薬師堂。真田は家名を残すため、関ケ原の戦いを前に徳川方、豊臣方と家を2つに割った

――執筆にあたり、参考にされた資料はありますか?

井原 たくさんありますが、特に参考にさせていただいたのが、NHK大河ドラマ「真田丸」で時代考証を担当された平山優先生の『真田信之』という本です。非常に詳しく、分かりやすく書かれた本です。特に、戦国時代が終わった後の、真田家の生き残り戦略の部分は圧巻で、今後の展開の大きなヒントになっています。

――最後に、読者の皆様へ一言お願いします。

井原 「真田武士心得」シリーズは、天下を取る側の物語ではなく、戦乱に翻弄されながらも必死に生き抜いた人々の物語です。主人公の右近は、決してスーパーマンではありません。矛盾を抱え、ひねくれて、それでも大切なもののために戦う。そんな彼の成長譚を、真田家の興亡と共に見届けていただければ幸いです。とにかく楽しんでください。それが全てです。

――本日はありがとうございました。

井原忠政(いはら・ただまさ)
2000年、「連弾・デュオ」で第25回城戸賞に入選し、経塚丸雄名義で脚本家デビュー。主な作品に『鴨川ホルモー』『THE LAST -NARUTO THE MOVIE-』などがある。16年、『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』(経塚丸雄名義)で時代小説家デビューし、翌年に同作で第6回歴史時代作家クラブ賞新人賞受賞。20年、井原忠政名義で「三河雑兵心得」シリーズを刊行開始。同シリーズで『この時代小説がすごい! 2022年版』文庫書き下ろし編第1位獲得、日本ど真ん中書店大賞2023を受賞。22年、「北近江合戦心得」シリーズを刊行開始。25年、原作とシナリオを担当した『羆撃ちのサムライ』(作画・本庄敬)が第54回日本漫画家協会賞のまんが王国・土佐賞を受賞。他の著書に「うつけ屋敷の旗本大家」シリーズ、「人撃ち稼業」シリーズがある。

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