「子供を育てたい気持ちはエゴなのかな」と悩むことも

瀬奈 当事者の私にとっても、違和感はまったくありませんでしたね。現実の特別養子縁組のあり方に忠実な作品だと思います。

辻村 いやー、ホッとしました。『朝が来る』では、単に誰かの実体験を並べるのではなく、物語の力によって読者に大切なことを伝えようと考えたんです。ただ、それによって当事者の方が傷つくようなことがあってはいけないし、執筆中は葛藤もありました。

瀬奈 物語によって救われた気がしています。縁組をあっせんしている団体の説明会に行くと、「特別養子縁組は子どものための制度だ」ということを繰り返し聞かされます。もちろん、これは当然のことです。子どもがほしい大人のためのものではなく、安定した家庭環境を必要とする子どものための制度であることは間違いがない。

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 ただ、子どもを迎える前は、この説明を何度も聞いているうちに、「子どもを育てたいと思う自分の気持ちってエゴなのかな」と悩むようになってしまって……。そんなときに『朝が来る』を読んで、不妊治療を終えた夫婦が子どもを迎える決意をする姿に、背中を押してもらったように思います。

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辻村 とても嬉しいです。

瀬奈 この作品のおかげで子どもにとっても、実の親にとっても、養親にとっても、特別養子縁組は「いいものなんだ」とすんなり思えたんですね。「三方よし」という言い方をする人もいるんですけれども、そのことを実感できたんです。『朝が来る』は誰が偉い、誰が悪いといった描写が一切なく、それぞれの真剣な思いが表現されているところが素晴らしいと思います。

辻村 ありがとうございます。そうおっしゃっていただけると自分の仕事を、届けるべき人のところへ届けることができたのかなって。

瀬奈 特別養子縁組とは、子どものための制度であることは大前提として、養親の側の「育てたい」という思いもなければ成り立たないものだと思っています。辻村さんが『朝が来る』を執筆されたきっかけは何だったのでしょうか?

辻村 当時の担当編集者からの提案がきっかけでした。私は2012年に『鍵のない夢を見る』という作品で直木賞をいただいて。別に賞を獲るために書いてきたわけではないと思いつつ、一つ大きな目標を達成して、「次はどうしよう」という感じになっていたんです。いろんな編集者の方が「辻村さんの書きたいものを書いてください」と言ってくださったんですけど、「え? ないよ」みたいな(笑)。

 

瀬奈 燃え尽き症候群のような?

辻村 そうですね。そんなときに、直木賞受賞までずっと伴走してくれた男性編集者が、「不妊治療に取り組む夫婦が、治療に区切りをつけて養子を迎える話を書いてほしい」と提案してくれたんです。当時、メディアでも不妊治療がよく扱われるようになっていて、そこまでは私の想像が及ぶ世界だったんですけれども、養子縁組まではイメージしたことがなかったので、最初は少し戸惑いました。