「自分とは別世界なのだ」とどこか身構えていた

辻村 シンポジウムが始まる前から、「楽しげな人たちが会場にいるな」とは思っていたんです。でも、当事者の方たちだとは想像もしていなかった。

 特別養子縁組って、「特別」という言葉も入っているし、自分たちとは別世界なのだと、どこか身構えていたんでしょうね。「部外者が不用意に当事者を傷つけてはいけない」という気持ちもありましたし。そういう力みを、実際のご家族たちの姿が解きほぐしてくれました。

瀬奈 実際に縁組をしたご家族を目にしたことで、自分の中で何かが大きく変わったように思います。

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辻村 あるシンポジウムでは、養親の方が「恋に落ちるように、この子しかいなかったという気持ちになりました」とおっしゃっていました。いろいろな方のお話を聞いていくうちに、私は、長かった夜が終わって、朝が来たような感覚なのかなと思うようになったんです。同じ部屋なのに、光の色が変わって見えるような。

瀬奈 夫との共著のエッセイ『ちいさな大きなたからもの』という本にも書きましたが、まさにそのように感じました。自分でも不思議なくらい、一気に景色が変わりますね。「こんなのにしなければよかったな」と思っていた家の窓が、急に「赤ちゃんを照らし出してくれる素敵な窓」に変わったり(笑)。本当に夜が明けて朝が来たような感覚でした。

辻村 なので、作品に登場する子どもの名前は「朝斗」にしようと決めたんです。この名前を決めた瞬間、ラストシーンまで一気にできた感じがありました。普段、小説のラストまで決まっていることはほとんどなくて、書きながら決めていくことが多いんですけど、『朝が来る』だけは最後のシーンが固まった状態で書き進めました。

 古いフィクションだと、生みのお母さんと育てのお母さんはライバル関係だったりしますが、特別養子縁組について調べるほどに「絶対にそうじゃない」と確信が持てたので、2人のお母さんがそれぞれ主人公となる話にしたんです。

 

瀬奈 生みのお母さんに対するライバル心は一切ないですね。「この子の命を誕生させてくださって、ありがとうございます」という感謝の念と、幸せでいてほしいという気持ちしかない。

辻村 同じことを、多くの養親の方から聞きました。

瀬奈 それにしても、託したお母さんの側の声って、なかなか聞く機会がないですよね。辻村さんは、どうやって情報を集めたのでしょうか?

辻村 特別養子縁組について数多く取材をされている新聞記者の方にお話を伺いました。その方も、託した側のことは、取材したとしてもなかなか記事にはできないとおっしゃっていました。やはりプライバシーの問題があるので。差し支えのない範囲で記者の方からお聞きした情報をもとに、イメージを膨らませていきました。