「物語の世界はアップデートされてこなかった」と痛感

瀬奈 2012年ころだと、まだ情報はそれほど多くありませんでしたよね。

辻村 はい。編集者の方が熱心に映像や資料を集めてくださったので、まずは見てみたんです。そのとき思ったのが、「私はなんて遅れた考え方のフィクションに影響されてきたんだろう」と。養子といえば、20歳になったときに親に呼ばれて、松が描かれたふすまの部屋で「実はお前は……」みたいなイメージだったので。

 資料から見えてくる特別養子縁組の実情はまるで違っていて、「物語の世界は全然アップデートされてこなかったんだな」と痛感しました。

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瀬奈 現在では、「真実告知」といって、子どもが小さいうちから養子であると伝えていくことが必須とされているんです。子どもには自分のルーツを知る権利がありますし、真実を知りながら成長することで、自分自身をよく理解して、自己肯定感を持つことができるようになります。

辻村 そういった事実を知って目を開かれましたし、まだ誰も書いたことのないテーマに挑戦させてもらえることを光栄に思いました。「もし私に託していただけるなら、ぜひ書いてみたいです」と編集者の方にお伝えして、執筆作業がスタートしたんです。

 

瀬奈 映像や資料以外にも、何か参考にされたんですか?

辻村 特別養子縁組についてのシンポジウムに参加したりもしました。たとえば、あるシンポジウムは、第1部が制度についての解説や議論、第2部が実際に養子を迎えたご家族によるトークという構成になっていました。

瀬奈 あっせん団体の説明会も、同じような構成になっていることがよくあります。

辻村 第1部は、制度の現状とか、社会的養護を必要とする子どもたちの実態とか、どちらかというと重々しい話が中心でした。参加者は、養子縁組を真剣に検討していると思しき方も多くて、皆さんかなり緊張感がありました。

瀬奈 私も、不妊治療を継続しながら説明会に参加していたころ、「自分はこの制度に足を踏み入れていいのだろうか?」とすごく緊張していました。

辻村 ところが、第2部に入って縁組をしたご家族が登場したとたん、会場の空気が一変したんです。お祭りやピクニックに来たみたいな雰囲気のご家族がズラッと並んで、「この部屋はこんなに明るかったんだ!」って大きく衝撃を受けました。

瀬奈 説明会に参加したときの私も同じでした。「普通の家族じゃん」って。血がつながっていないと説明されなければ、まったくわからないですよね。