原菜乃華の澄んだ歌声が“癒やし”に

 メイコの歌への情熱は、嵩の漫画への情熱と似ているところがある。終戦後、ラジオから流れる『素人のど自慢』を聴き、自分も出場したいという気持ちになったメイコは、家族の反対を押し切って東京へ向かおうと決意。しかし、途中で不安になって高知市で下車し、仕事から帰ったのぶに発見されるという“事件”を起こしている。

 この時、東京への汽車賃を出したのは、意外にものぶとメイコの祖母であるくら(浅田美代子)だった。くらは若い頃に見た活動写真に感動し、女優に憧れを抱くものの、京都の撮影所に行く決心がつかなかった過去があり、そんな昔の自分と『素人のど自慢』の出場に憧れるメイコの姿を重ねたのだという。

 メイコの声には澄み切った切実さがあり、彼女の歌には聴く者に自身の青春を思い出させる力があるのだ。

ADVERTISEMENT

朝ドラ「あんぱん」公式Instagramより

 さらに、メイコは歌を通して恋にも落ちていく。メイコの「椰子の実」の歌唱を聴いた健太郎は「メイコちゃんの歌声は素敵やね〜。心が綺麗に洗われるようばい」と優しく爽やかに微笑みながら感嘆した。

 そんなふうに褒められ慣れていなかった様子のメイコが、平気なフリをして「(のぶと嵩が)仲直りできてよかったですね」と話しかけると、健太郎はそっと「メイコちゃんのおかげやね」と語りかけた。

 2度も褒められたメイコはもっと動揺し、最後には砂浜で転んでしまう。すると、健太郎は自然と手を差し出して助けようとする。もうメイコが健太郎に心を奪われたのは一目瞭然で、少女漫画のような展開にキュンとした視聴者も多かったのではないだろうか。

 恋をしたメイコはそれを隠そうともしなかったが、健太郎が驚くほどに鈍感な男だったために本人も周囲もやきもきすることとなる。

 メイコは出征してしまった健太郎の無事をずっと祈り続けていたが、あまりにも辛い日々に健太郎が戦死していたと思い込んでおり、終戦後に帰還した嵩とともにいた彼と再会すると、無事に生きて戻ってきた事への喜びと感謝の言葉を涙ながらに伝えた。メイコの健太郎への大きな愛が伝わってくる場面だ。

 その後も健太郎とメイコが顔を合わせる機会は何度かあったが、健太郎はメイコの気持ちに気づかないどころか失踪してしまい、行方不明になった時期もあった。