「転職するたびに年収が上がって、ポジションが上がって、『なんかいい感じだぞ!』と思っていた矢先に、妹から『父が倒れた』という知らせが入ったんですよね……」
当時父親は65歳。60歳で定年退職し、一人暮らしを謳歌していた。
急いで盛岡市内の病院へ駆けつけると、主治医から「脳梗塞です。右半身に麻痺があります」と説明がある。
車椅子に座っていた父親は意識があり、話はできる状態だったが、上手く口を動かせない様子で、何を言ってるかわからない。
「ちょっと書いてみてくれる?」
と言って紙とペンを渡すと、大きく手が震えて、何を書いたのかわからない。
「自分の鼻を右手で触ってみて」
と言うと、父親の右手は顔面を通り越し、自分の頭の後ろで止まった。
工藤さんの背筋に冷たいものが流れた。
「父は、僕が18歳で大学に進学したときに家を出て以来、一度も実家に帰っていません。だから母に父の介護は頼めない。妹は結婚後も岩手県内にいましたが、当時は子どもが6歳と1歳と小さく、手のかかる時期でした。妹からの知らせを聞いた時、もう、『自分しかいないじゃないか』と思いながら病院に駆けつけました」
父親が倒れる数年前、父親の兄(工藤さんの伯父)が脳梗塞で倒れ、その妻が介護している姿を工藤さんは見ていた。その経験もあり、
「ああ、自分も岩手に帰って24時間付きっきりで父の介護をするんだな。会社も辞めないといけないのか。妻とも離婚だろうか……」
という考えが頭の中を巡り、目の前が真っ暗になった。
