プロのトレーダーを戦慄させたなんて(笑)

門井 反対売買の仕組みですね。反対売買とは、買ったら売る、売ったら買うということで、期限までに買った量と売った量を差し引きゼロにする。帳合米取引は、現在の「商品先物取引」のような現物の引き渡しを、全く想定していないので、米の量に変動があってはならないんです。

田内 だから、みんなポジションを閉じるので取引量はどんどん下がっていく。すでに市場では手持ちの売買をゼロにする帳尻合わせしかできない。垓太が反対売買しようとしてもできない恐れがある。大量の買い越しを取り戻そうとすると、足元を見られて破格の安売りをせざるをえない。これ、どうやって買い戻すんだ!? 真っ青になった垓太の気持ちが手に取るようにわかりました(笑)。

門井 嬉しいです、プロのトレーダーを戦慄させたなんて(笑)。帳合米取引は、仲買人(証券会社)への口銭(手数料)や証拠金を用意できさえすれば、手元に現銀がなくても大量の“米”を動かして利益を上げることができるんですね。その自由はしかし、巨額の損を出し、代銀が支払えなければ決済不履行となり、二度と取引の仲間には入れてもらえない「仲間()け」になることの恐怖と表裏一体でした。

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歌川広重『浪花名所図会 堂じま米あきない』(国立国会図書館デジタルコレクション)

田内 そして、さらにゾッとしたのは、終盤で米価がどんどん下がっていく場面です。

門井 堂島の商人たちが、米価操作の大勝負に出たところですね。

田内 どこまで下がるんだと。下がり続けているのだから、むしろ買えばいいのにと思うんです、あとになってみれば。でも、すでに買ってしまっている分をポジションを閉じるためには売らないといけない。心理的に買えないんです。

 これは現在の取引市場でもよく起きることです。2020年4月、ニューヨークの原油先物取引で価格が大暴落しました。新型コロナウイルスの感染拡大で、経済活動が減少し、石油需要が減ったためです。1バーレル=18ドルが、10ドル、2ドル、1ドルと続落し、ついに0.1ドルに。この価格なら損しないと大量に買った人たちがいた。しかし、マイナスで取引されるようになると、証拠金不足で彼らもポジションを閉じる必要がある。こうして、さらなる売りが入り、ついに、マイナス40ドル台まで下がってしまった。

『漫画 きみのお金は誰のため』(Gakken)

門井 数字上の取引だと、マイナスでも取引ができるのですか。

田内 そうなんです。もちろん、マイナスで現物を買うこともできるんですが、アメリカのどこかの港にタンカーを横付けにして受け取らないといけない。それは普通無理ですよね。だから、とにかくポジションを閉じないといけないんです。

門井 外から見ると数字だけの世界に見えますが、非常に人間臭く、不確実性の高い世界ということですね。