「自分たちで社会の仕組みを作る」という視点

田内 吉宗は将軍就任とともに新田開発を打ち出す。米価が下がっているのが、米が余ってきているからだとは思いつかなかったのでしょう。それで、米の収穫量を増やして年貢収入を増やそうとしたのですね。

門井 彼は当初、徳川家という日本で一番大きな大名で、「武家の棟梁」だと意識していたのでしょう。しかし、堂島の問題に直面し、勉強するなかで、市場経済との付き合い方を理解していったように思います。武士だけではない、日本全体の経済を動かす「天下」の為政者としての視点に目覚めていく。その成長の過程を描きたいと思いました。

田内 自分の家だけの利益ではなく、社会全体のことを考えるという視点の転換ですね。

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門井 やがて吉宗は堂島米市場を公認し、帳合米取引を合法とします。それは、米価安定につながる情報の掌握が目的でもあったと思いますが、さらにいえば、市場と個人の利益は矛盾しないということを理解できたからこそ、実行できたのではと思います。米価というのは武士だけのものでも、商人だけのものでもない。日本全体の「天下の値段」なのだと。

『漫画 きみのお金は誰のため』より

田内 現代に生きる僕らがこの物語から学ぶべきなのは、まさにその「自分たちで社会の仕組みを作る」という視点だと思います。今の社会では、ルールは与えられるもの、守るべきものという意識が強い。学校の校則がいい例です。でも本来は、状況に応じて自分たちで変えていくべきなんです。

●「老後が不安」という若い大学生の話を聞き、今の金融教育について2人思うことや、“欲”の先に社会の幸せをどう作るか、そして江戸時代の米商人が米切手を使用して信用取引ができた理由など、対談全文は週刊文春9月25日号』でお読みいただけます。

(かどいよしのぶ/1971年、群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。18年『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞。近著に『文豪、社長になる』『天災ものがたり』『ゆうびんの父』『札幌誕生』など。)

 

(たうちまなぶ/1978年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。2003年ゴールドマン・サックス証券株式会社入社、トレーディングに従事。19年退職。『きみのお金は誰のため』は30万部のベストセラーに。近著に『お金の不安という幻想』(10月7日発売予定)。お金の向こう研究所代表。)

天下の値段 享保のデリバティブ

門井 慶喜

文藝春秋

2025年8月7日 発売