そして吉宗は天下の為政者になった

門井 一方で、面白いことに、一攫千金を狙う参加者が増えるほど、全体の米価は安定する。高騰時、下落時に買い向かおう、売り抜けようと勝負する者が出てくるので、結果として米価の乱高下が少なくなるんですね。

田内 民間の組織によって、米価の安定が図られるのであれば、吉宗は、なぜ彼らを支配しようとしたのでしょうか。

門井慶喜さん ©文藝春秋

門井 武士の給料が米で払われていたからです。米を換金して生活している以上、米価の乱高下は彼らにとって死活問題でした。

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田内 なるほど、まさに米価は「天下の値段」なのですね。

門井 そうなのです。武士は少しでも高く売って手取りを増やしたい。吉宗は「一石=六〇(もんめ)」の米価を目指すんですが、実際はどんどん下がります。大坂で大火が起き、蔵屋敷が焼け、正米が不足しても上がらない。そのせいもあって、帳合米取引を目の敵にするんです。幕府非公認の「口約束だけで大金を動かす不実の商い」を取り締まらねばならない、と。武士の生活が商人どもの欲得ずくの売買で左右されるのは許しがたい、ということでしょう。

 ただ最初は、私たちには当たり前の、需要と供給でものの値段が決まるという理屈もわかっていなかったのではと思います。