久留米市へ向かった真の理由は?
「王と楊は中国では素直に取り調べに応じていたんですか?」
「調書を見る限りでは、喋っていたと思いますね」
「事件の前後の行動についても?」
「まあ、向こうでの調べ方はわからんですけど、けっこう話してますね」
そこで私は、この機会でなければわからないことを聞くことにした。
「犯行後、彼らが乗ったAさんの車は、久留米市の工場の駐車場で乗り捨てられていたのが発見されています。なんで彼らは久留米を選んだのですか?」
「それがわからんのですよね。漠然と行ったっちゅうか……」
Qさんに何かを隠すという雰囲気はなく、本当にわからないという表情を見せた。
「久留米というのは、誰かが知っている場所とかではないんですか?」
「いや、そうではないです」
この件については、日本で逮捕された魏は、あくまでも主犯の王と楊に命じられて、運転をしていたに過ぎない。つまり久留米市へ向かった真の理由を知っているのは、王か楊ということになる。だが、そこは中国での事情聴取において、さほど問題にはならなかったものと推測された。
私はQさんに、この事件の主犯は、王と楊のどちらだと認識していたか尋ねる。
「うーん、どっちかっちゅうと、楊寧ですかねえ……。ただ、どちらも主犯っていう感じやないんですよねえ。両者で話しよって、そのなかで決まっていったというか、どっちが主導してといったことではないと思います」
「日本における外国人の犯罪」で求められる配慮
事件発生から22年が経過しているうえに、過去の記憶を辿る作業である。事実について、ここで厳密な結論を出すことは難しい。私は同事件について、不可解だと感じていることを口にした。
「この事件は、カネ目当てのはずなのに、事前に殺人を前提とした、遺体遺棄用の手錠や重しを用意するなど、通常の事件とくらべると、おかしなことが多いじゃないですか。私としては納得してすっきりしたいんですが、なかなかそれができないもので……」
「まあ、普通日本人じゃ考えられんことをやっとるからね。普通なら、こう、段取りがあるんですけどね。バンバンバンとやっとるから。だから、まあちょっと、ハテナ(?)ってところもあるんですけどね」
不可解な部分はあるにはあるが、捜査を尽くした結果であり、納得のいく結論であるとのことだった。
「Qさんから見て、この事件の捜査で一番ご苦労なさったのは、どういう点でしたか?」
「うーん、この事件の場合、犯人が中国でも捕まっとるやないですか。そちらについて、警察庁や外務省とも協議することがあった。それがどう進められるか、わからなかったところでしょうね」
日本における外国人による犯罪であるため、その対応のいかんによっては、当該国との関係に影響を与えてしまう。そのことから、配慮が求められる捜査であったことが窺える。
私自身のかつての取材ノートには、来日した中国の公安当局関係者5人と、福岡県警捜査一課幹部が協議を行った結果、03年11月26日にこの事件は、「中国人3人による強盗目的の犯行と断定した」とだけ記されている。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

