『呪文の言語学 ルーマニアの魔女に耳をすませて』(角悠介 著)作品社

 ワインに吸血鬼、体操選手のコマネチにチャウシェスク独裁政権……。

「ルーマニアと言えば?」と人々に尋ねて返ってくる返事はこんな感じだが、その中に時々「魔女」という言葉が交じる。その人は言う、いや何か前に魔女の活動を規制するっていう法案が提出されたみたいなニュースを聞いた覚えが……。

 そう、これは正しい。2010年に魔女を政府のコントロール下に置くため議員らが「魔女法案」を提出、翌年まですったもんだが続いた。実はルーマニアはそんなことが起こるくらいの魔女大国なんである。

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 古来ヨーロッパでは魔女を筆頭にした呪術文化が存在しながらキリスト教の普及や科学発展の影響で駆逐されていった……かに思えたがルーマニアでは生き延び、その土壌に息づいていた!

 そんなルーマニアの魔女文化や呪術文化を掘りに掘っていくのが、この『呪文の言語学 ルーマニアの魔女に耳をすませて』だ。

 著者の角悠介氏はロマ文化やロマの言語であるロマニ語を研究するためルーマニアを中心とした東欧を渡り歩く、というか冒険している人物で、末端ながら同じくルーマニアに関わる者としてその「ルーマニア文化、ロマ文化ガンガン掘ってくぜ!」という前のめりなスタンスは眩しくて尊敬している(その冒険模様をより知りたい人は前著『ロマニ・コード 謎の民族「ロマ」をめぐる冒険』もオススメ)。

 しかしこの本で紹介されるのは、本当に現実離れしたものばっかだ。邪視に魔術師、心臓を食べさせる民間療法、雨乞いの儀式に「Gen Ki Dama」と、何だこのファンタジー世界は!? ところがどっこいルーマニアではこの幻想世界もまた現実なのである。

 とはいえ題名に表れている通り、この本で一番熱がこもるのは呪文を扱う第3章だ。ルーマニア語やロマニ語、さらにはラテン語まで解する著者が、ルーマニアで使われる呪文を言語学はもちろん、人類学や神話学を縦横無尽に行き交い分析する様はオタク的熱量に溢れてアツい。そうやって分析したらその神秘性が消えてしまう、なんてこともない。むしろ深掘りされるごとに尽きせぬ泉のように呪文から神秘が迸ってくるのは、著者の知ゆえだろう。

 そして著者自身もなかなかにアツい性格をしていて、強烈なまでに魅力的な世界を一気呵成に紹介し分析までした果て、その勢いで伝授してくれるのが「ぼくのかんがえたさいきょうのじゅもん」! それがどんな呪文なのかは……あなた自身の目で確かめてほしい。

 この本は日本にいながら、しかも日本語でルーマニアという未知の国に根づくカオスを体感する機会をくれる。その喜びをみなさんにもぜひとも味わってほしい。ちなみにルーマニアの友人に紹介したら「そんな本出てんの!?」と絵文字4個付きでビックリされた。マジで本場の人も驚く一冊だ!

すみゆうすけ/1983年生まれ、東京都出身。言語学博士。ルーマニア国立バベシュ・ボヨイ大学日本文化センター所長。日本とルーマニアの言語・文化交流に尽力するほか、東欧を中心にロマ民族の言語ロマニ語のフィールドワーク研究を行っている。
 

さいとうてっちょう/1992年生まれ。著書に『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』など。