作家・三島由紀夫(1925~70)が、東京・市ケ谷の陸上自衛隊駐屯地で割腹自殺してから11月25日で55年が経過した。三島とはどんな人物だったのか? 「文藝春秋」に掲載された、三島作品の背景や晩年の肉声、後世の文学者への影響などを語る記事を一挙紹介します。[全9記事]

自決2日前に手渡された朱入りの脚本

三島由紀夫が最晩年に手掛けた文楽版『椿説弓張月』。この知られざる「未完の遺作」に随伴した織田紘二氏が、その創作過程や自決直前の三島の姿を振り返る。…「初公開 三島由紀夫『未完の遺作』」織田紘二(元国立劇場)

三島さんに電話で呼び出されて市ヶ谷へ

自決の直前に三島から“遺書”を託された、元毎日新聞記者の徳岡孝夫氏。自決の次の日に気が付いた、小説としての絶筆「天人五衰」の背後にあった思想とは。…「自決の翌朝気がついた」徳岡孝夫(元毎日新聞記者)

「君は、井伏さんを知っているの?」

井伏と太宰治、川端康成と三島という一対は、昭和の文学史では慣用句だが、井伏と三島とが併記されるのは稀だ。いわゆる“お派が違う”作家で、密接な交流も無かった。…「井伏と三島」中村哲郎(演劇評論家) 

横尾忠則が語る「三島の言語観・美術観

三島さんが「言葉は信じない」ということを僕に語ったことがあります。「言葉には限界もあるし、言葉はちょっと信じられない。言葉は一回殺さないと文章は書けない。そういう意味では、文学というのは死だね」と…「横尾さん、なんでアートがこんなに金融化しちゃってるんだと思いますか?」横尾忠則×成田悠輔 

基本的に三島さんは良き教育者であった

3冊目の小説『原郷の森』を発表した横尾忠則氏。作中で“案内人”のように描かれ、谷崎潤一郎、永井荷風、ピカソなどの人物を登場させる三島は、横尾氏にとっては「良き教育者」であったという。…「三島由紀夫の心配ごと」横尾忠則(画家) 

三島が好んだ牛ロースステーキ定食

ひ弱な文学青年というコンプレックスを解消するため、ボディビルで肉体改造を進めていた三島。後楽園でトレーニングに汗を流した後、見つけたのが「かつ𠮷」だった。…「作家が愛した名店 三島由紀夫が好んだ東京『かつ𠮷 水道橋店』の特選牛ロースステーキ定食」

石原慎太郎が回想する三島

晩年にボディビルや「楯の会」の活動に傾斜していった三島。そうした三島の活動を、作家として親交の深かった石原慎太郎氏は「ナルシズムでしかなかった」と批判的に回想する。…「三島由紀夫の『滑稽な肉体信仰』」石原慎太郎(作家)

川本直が綴る「三島という存在」

デビュー小説『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』で、結末近くに三島を登場させた川本直氏。その創作への影響と、ゴア・ヴィダルをはじめとした海外の作家とのリンクについて語られる。…「三島由紀夫という存在」川本直(小説家・文芸評論家) 

平野啓一郎氏が綴る三島由紀夫

デビュー当時は「三島由紀夫の再来」とも呼ばれた小説家・平野啓一郎氏。文学との出会いは『金閣寺』にあったと語る平野氏が、三島と東大全共闘との討論会や、三島の天皇観について考察していく。…「『豊饒の海』とミドルエイジクライシス」平野啓一郎(作家)