すぐに特定できる個人名
また、個人名を黒塗りしている例は多い。復興支援群長や多国籍軍の司令官といった上位の役職は黒塗りなしだが、それ以外の役職はほぼ黒塗りがなされている。これはどちらかというと防衛上の秘密と言うより、プライバシーや個人情報の問題が大きいと思われるが、機械的に名前だけ情報を隠しても、その他の記述を見ればそれが誰か特定できる例も多い。
例えば、サマーワ宿営地に常駐している防衛庁(当時)の文官職員である政策アドバイザーの名前は隠されているが(これも黒塗り忘れが少々見られるが……)、防衛省のサイトで「政策アドバイザー」と検索すれば、ご当人の氏名・略歴、いつイラクに行っていたかが出てくる。インターネット上に公開してあるような情報を隠す必要があるのか疑問に思う。
また、バグダッド日誌には、日系人の米陸軍大佐に話しかけられるエピソードが登場する。名前は黒塗りだが、「ロス五輪の柔道65kg以下級の米国代表」と書かれている。答えはすぐに分かった。英語版Wikipediaでロス五輪柔道のアメリカ代表一覧を探し、その名前で検索をかけたところ、LinkedIn(ビジネス特化型SNS)にあったアカウントと経歴が一致した。もっとも、この人に関しても、英語名は黒塗りだが、日誌内に書かれた日本語の漢字姓はそのまま残しているという杜撰なものであった。
秘匿ポリシーは共有されているか?
このような杜撰な黒塗りの原因として、情報の秘匿ポリシーが明確に存在しないか、黒塗り担当者の間でポリシーが共有されていない可能性をうかがわせるものがあった。「バスラ日誌」の末尾に記された報告がそれだ。
まず、2006年2月25日のバスラ日誌を見てもらいたい。全文を読む必要はなく、末尾の黒塗りされている箇所に注目してほしい。
「バスラ4名、極めて健康。」のあとは、4名の氏名と思われる黒塗りが続く。ここで隠したい情報は、連絡要員の氏名のみということになる。次に2006年5月9日のバスラ日誌を見てみよう。
この日の日誌では、バスラにいる連絡要員の数も明らかにしていない。そして、この日の日誌単体では、何人いるかは分からない。だが、別の日誌を見てみよう。
この日の日誌もバスラ駐在の連絡要員の氏名、人数を隠したいようだが、氏名の部分の黒塗りが、ご丁寧に4人分区切られており、何人いるかこれだけで分かってしまう。