「だから、オレも信じられないんだ」
「浮気するんなら、ホテルなんかがたくさんあるのに、何で自宅でするのかな。お前が帰ってくることも分かっているのに、そんな場所で、そんな時間にすること自体がおかしいんじゃないか?」
「それもそうだな……」
恋人を寝取った男に復讐するために…
阿部はこのときに初めて「彼女が被害者だった可能性」について考えた。友人らの指摘を受け、阿部の認識は「彼女が浮気していたのではなく、椎名先生に迫られてセックスを強要されていたのではないか」という考えに傾いていった。その夜、美帆さんにも電話した。
「さっきはごまかしたみたいだけど、結局、浮気をしたの? してないの?」
「本当に私がそんなことをすると思ったの?」
「オレは真実が知りたいんだ」
「確かに……、そういう雰囲気まで持って行っちゃったのは私です。先生には尊敬の気持ちもあって……、私もそんな気はなかったんだけど……、ベッドまで一緒に行っちゃいました」
「ベッドまで一緒に行ってからどうしたの?」
「私ができないと言うと、相手も理解して自分で出しました」
だが、美帆さんは電話を録音されていることに気付くと、一方的に切ってしまった。その後、美帆さんから〈説明させてほしい〉〈私にも責任がある〉〈何度も回避できる機会はありました〉〈まだ自分の中で整理できていない〉といったLINEが送られてきたが、阿部は「どうせ彼女は本当のことを話さないだろう」と無視していた。
「彼女が椎名先生を誘惑しただなんて……。彼女はおそらく本当のことを言ってないんじゃないか。いや、言えるわけがないんじゃないだろうか?」
椎名先生を敵に回したら、自分の歯科医師としてのキャリアを無にしてしまう。ということは、椎名先生が立場を利用して強引に迫ったに違いない。浮気なのに避妊具も使わないなんて、医者としてあまりにも無防備だ。だとすれば、やっぱり椎名先生がセックスを強要したのではないか。それに、彼女のことを信じたいという気持ちもあった。
阿部は再び弁護士と連絡を取り、事情を話したところ、「それでは刑事告訴するのは難しい。彼女が自分から家に上げていて、ベッドまで一緒に行って、そういう雰囲気になったことを認めているのであれば、強姦事件としては立件できない」ということだった。仮に強要があったとしても、最終的には金で解決することになるだろうと言われた。
「オレは金が欲しいわけじゃない。このままじゃ納得できない。こうなったら法を超えた手段で復讐してやろう。それには職場で襲うのが一番だ。ニュースにもなるだろうし、社会的制裁も加えられるだろう」
阿部はミリタリーショップでナイフホルダーを購入し、3本の刃物を用意した。