カナダにはどのように捜査方針を伝えるべきか。交渉に携わった関係者らは、「日本に引致後に伝わっては外交問題になってしまう」として、最初から正直にナンペイ事件の捜査を見据えていることをカナダ側に伝える作戦をとることにした。当初は、旅券法違反容疑だと認識していたカナダ当局の担当者。日本が引き渡しを求める背景に強盗殺人事件があると分かると、言葉をなくしたという。「それまで穏やかだった雰囲気が変わり、笑顔がなくなった。特に、ナンペイ事件の犯行態様にショックを受けていた」。カナダの担当検事も真剣に耳を傾け、背景にあるナンペイ事件に向けてどのように引き渡しの裁判を進めていくか、協議が重ねられた。

 警視庁はK氏が「事情を知っている可能性がある」という証言などを段ボール数箱分、カナダに送っていた。ナンペイ事件の被疑者ではない、K氏。数年間の裁判手続きを経て、2013年、日本に引き渡されることが決まった。その後、日本に引致され、ナンペイ事件を管轄する八王子署に勾留された。

中国人男性が勾留されていた立川拘置所 ©NHK

「知らない」空転した捜査。取調室で何が起こっていたのか

 約10か月に及んだ、男性の勾留。旅券法違反の起訴後も、ナンペイ事件の任意捜査が数か月間、続けられた。ナンペイ事件について聞かれても「知らない」「八王子の地名さえも知らない」と、供述していたという。取調室では何が起こっていたのか。

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中国人男性が取り調べを受けた八王子署 ©NHK

 当時、K氏の弁護を担当していた男性は、被告人だったK氏の利益を侵害しないという条件で、取材に応じた。男性は接見中、タイミングを見計らってナンペイ事件について聞いたことがあったというが、K氏は「八王子の地名さえ知らない」と答えた。

 そうしたやりとりが繰り返される中で、K氏が10年近く関東に住んだことがあることを踏まえ、「八王子の地名は知っているのではないか。もしかしたら何かを知っているかもしれない」と感じていたという。

 そのため「事件に関与していないのであれば、警察の聴取に協力してはどうか」と持ちかけていたと明かす。さらに男性は、事件解決につながればと、警視庁に対して、「旅券法違反以外の容疑で逮捕、起訴しないのであれば、K氏に対して捜査に協力するよう勧める」という電話をかけたこともあったという。


 そして、2014年9月。旅券法違反で執行猶予付き有罪判決が出て、男性はカナダへと帰国した。この男性への捜査について、番組では詳しく見つめていく。