「おっさんを蹴って、蹴って、蹴りまくったんですわ」

 人生から逃げ出した「失踪者」の人生を追った、ライターの松本祐貴氏。なかには家族を捨て、失踪後に犯罪に手を染めてしまった人も……。現在は警備員として働く59歳男性のケースを新刊『ルポ失踪』(星海社)より一部抜粋してお届け。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全3回の1回目/続きを読む)

写真はイメージ ©getty

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失踪経験者は「傷害事件の加害者」だった

「おっさんを蹴って、蹴って、蹴りまくったんですわ」

 篠田誠(仮名)は、JR総武線の駅で起こした傷害事件について語る。

 蹴られた相手は「ぎゃー、人殺しーー!!」と叫んだという。

 失踪経験者は、人が人を傷つけるという事件の加害者でもあった。

「失踪」をテーマにした本には、失踪の経験、特になぜ失踪をして、どのように考えたかを語ってくれる人が必要だった。

 現在は社会生活を送りつつも、過去の失踪経験を話してくれる人物を自分の周辺で探してみたが、取材対象者はなかなか見つからない。

 そんなとき、旧知の編集者が「例の企画にぴったりの人物がいる」と紹介してくれたのが篠田誠だ。

 待ち合わせは都内の繁華街の居酒屋。男は、黒いキャップに黒いジャンバーであらわれた、大きな体で関西なまりを話すが、受けこたえはとても腰が低い。とても冒頭のような事件を起こすようには思えない。彼の口調は軽く、ベラベラと失踪につながる人生譚が語られ始めた。

豪農に生まれ、やんちゃな青春を送る

 篠田誠は関西地方の田舎町に生まれた。実家は彼で15代目になるという豪農だ。誠の父親は漁師と農家の両立の道を選び、夜中、早朝、昼は船に乗り、昼すぎからは田んぼと畑をみていた。

 誠が小学4年生のときには、父は、父の弟と一緒に豪華な自宅を建てるほど儲かっていた。

「篠田さんは、小学校のころはガキ大将でしたか?」

「いや、そうでもないですよ。協調性はあった方です。自分の我を通してケンカをしたのは中学2年生のとき。相手はいとこで、感情がたかぶりましたね」

 それが初めてのケンカで、血が出るほどの殴り合いをした。このころから血の気の多さが誠の素行にあらわれてきた。

「高校のときは、コソコソとシンナーを吸ったり、恐喝したりという悪さをしている同級生を呼び出していました。僕は私設警察なんですよ。『調子にのってたら、アカンよ』とできるかぎりの力で殴り倒してました」

 この勘違いした正義感とでも言おうか、私設警察を自認する性格は一生続いていく。