今から約20年前、持ち前の「正義感」から酔っ払い男性に暴行をふるった59歳の男性。いったい酔っ払いの何が、彼の逆鱗に触れたのか? 公共の場である駅でトラブルを起こすことの危うさとは? ライターの松本祐貴氏の新刊『ルポ失踪』(星海社)より一部抜粋してお届けする。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全3回の2回目/続きを読む)

写真はイメージ ©getty

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子宝にも恵まれ、つかの間の幸せが訪れる

 実家の農家を継ぐべき立場だった誠だが、高校卒業後、地元でサラリーマンとなり、23歳で東京出張所への勤務を命じられた。

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 誠の会社は、お風呂・キッチン用品を扱う商社で、スーパーやホームセンターのバイヤー相手の営業を担当していた。

 最初は、14万円の給料で、6万2000円の東京近郊のアパートを借りた。引っ越してきてからは、自ら私設警察と言い張り、飲み屋やいろんな場所でトラブルを起こしたが、殴り合いではなく口ゲンカだった。「こら、やるんかい!」「きっちり家まで行ったるからのう」「おのれのケツをふけるんか、ごら!!」と誠の関西弁は強力だった。

 つかの間の幸せも訪れた。

 上京を契機に同僚であった妻と結婚をし、翌年、子どもができた。子どもは合計3人生まれ、会社が用意した5DKの社宅に引っ越した。

 子どもたちはかわいかったし、誠は趣味のアクアリウムにも没頭できた。120センチの水槽、90センチの水槽が2個、60センチの水槽は10個と熱帯魚に凝り、会社に5万円の電気代の請求をまわした。

 誠は初めて家庭の幸せを感じていた。

 しかし、仕事の方は手抜きを覚え、いつしかパチンコを打つことが多くなっていた。1日で15万円負ける日もあった。それにともない借金が増え、悪さをした。