記憶が飛ぶほどの怒りと暴力
36歳のときだった。
離婚というどん底を知り、再就職した会社では給料が下がった。誠の私設警察を自認する性格は相変わらずで、それが災厄を招いた。
その日、誠はフィリピン人の彼女の姉が経営するフィリピンパブで夕食をとり、彼女と一緒に帰ろうとした。
店があった都内から千葉方面への総武線はとても混んでいた。「疲れたよ。途中の駅で降りる」と彼女が言う。
「だから最初からタクシーで帰ろうといっただろ」と誠が言う。今日はなんだか彼女とすれ違いが多い……。
満員電車の中で、誠は彼女のためにスペースを確保したが、駅についたときに押し出された。「彼女を守らなければ」と考えた男らしさが仇となった。
誠が押し出されたホームでは、酒に酔った男が携帯電話で会話しながら、誠の前に出てきた。
1990年代は携帯電話のマナーが社会問題化している時代だった。誠は押し出されたイライラと持ち前の正義感から「おっさん、どけや、こら。電話するなら端でせえよ」と怒号をあげた。自分でも思いがけず大きな声となった。相手も酔っ払いだ。
「はぁん?」と返す。その瞬間、誠は我を失った。
男の顔を手でパーンと叩いた。ホームの自動販売機の近くまで引っ張った。
「なにしとんじゃ、こら」と、怒りにまかせて殴りかかった。
