その夜、未華子は美咲とふたりして児童自立支援施設を脱走した。そのまま美咲の実家に忍び込み、逃げるだけのカネも美咲が親の財布からくすねたなかから分け前としてもらうことができた。さてどうするか。実家に戻ったところで、また児童自立支援施設に戻されるだけだろう。未華子にはもう、憎き母親と決別して生きることしか頭になかった。自由になりたかった。
ひとつだけ問題があった。たった3日ほどしか世話にはなっていないが、このまま出会ったばかりの美咲と一緒に居続けることは、やはり居心地が悪いということだ。
そこで以前につるんでいた親友・明日香に連絡すると、「また家に来なよ」と快く受け入れてくれた。やはり頼りにするのは気心が知れた地元のツレだ。
「3万円で買ってくれるおじさんが来るから…」
未華子が「地元の友達に会いに行く」と言うと、「私も行きたい」と美咲から言われた。が、すでに移転先を決めていた未華子からしてみたら、美咲はもう邪魔者でしかなかった。なら、どうすれば。そうだ、撒いてしまおう。お金がない私たちのために明日香がテレクラ売春のアポを取ってくれていることにして、美咲が客待ちをしている間に私だけ逃げてしまえばいいのだ──未華子が当時の記憶を辿る。
「で、静岡駅で明日香と合流しました。美咲はそのまま置き去りにして、私は明日香の実家に。美咲にケータイ番号と服装の特徴を書いたメモ書きを渡し、『10分後に3万円で買ってくれるおじさんが来るからここで待ってて』と嘘をついて」
──じゃあ、それからずっと家には帰ってない?
「まあ、たまには帰りましたけど、ほとんどは明日香の家を拠点に、エンコーで生活費を稼ぐ毎日です」
──明日香の母親は何も言わなかったの? 普通は家出の子を長期間、泊めるなんてあり得ないと思うんだけど。
「それが、何も」
──そんなに実家が嫌? 実家には私物や思い出の品があるわけじゃん。