“ドール妻”のアンナと対面

 そう話してくれたころ、車は彼の家へ到着した。まっすぐな松林の道を曲がり、数軒の商店やレストラン、ガソリンスタンドなどがある区域を抜けて、敷地の広い家々がわずかに並ぶ、住宅街というには小さすぎるところだった。

 車を降り、案内された玄関扉へと進む。ビクトリアン様式の築100年の家で、数年前に購入したのだという。扉を開くと、まるまると肥えた人懐っこいハスキー犬が出迎えてくれた。毛だらけになりながら、挨拶を済ませる。

 玄関を入りキッチンを抜けると、迷路のような部屋の連なりがあった。リビングに行くまでにどこをどう通ったのか覚えられそうにもなかった。広々としたリビングには三脚のどっしりした安楽椅子があって、そのひとつに堂々と脚を伸ばすアンナがいた。

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 アンナにも、ハロー、と挨拶をする。アンナはもちろん返答したりしない。じっと動かぬまま、正面に顔を向けている。それを見つめる私を、ジムは微笑んで眺めている。

著者の濱野ちひろ氏 撮影=藤代冥砂

 ジムはどうやら相当な趣味人のようだった。部屋には大きなモニターとたくさんのゲーム、さらになにに使うのかよくわからない車のハンドルがずらりと並んでいた。聞けば、そのハンドルはレーシングカーの疑似体験ができるゲーム用の車に取り付けて使うのだといい、彼は私の後方にある大きな車状の機械を指差した。

「僕は車が好きで、ポルシェも持っている。このゲームもポルシェも大事な宝物だよ。アンナとポルシェの写真を撮るのが最近の目標なんだ」

 カメラも趣味なんだね、と私が言うと、

「僕は多趣味な人間で、それには死んだ父親の影響もあるんだ。車、ゲーム、映画鑑賞にキャンプ。若いころはずっとバンドもしていたんだ。ドラムをやっていたんだよ。子どものころの夢はプロのドラマーになることだった。いまも音楽は大好きだよ」

 しばらく雑談を続けたあと、ジムと私は安楽椅子に腰掛けた。

「それで、なにが聞きたいの」

 ジムは私に尋ねた。質問を促されると、急に出てこなくなる。私はメモ帳をめくりながら考えを巡らせた。

「もう少し、離婚後の話を聞かせて。どう感じたのか、とか」