人と無機物の“愛”をテーマにしたノンフィクション書籍『無機的な恋人たち』(講談社)。著者の濱野ちひろ氏はアメリカ取材の過程で、ドールと“再婚”したという男性・ジムと出会う。

 ジョージア州の小さな空港からジムの自宅へ向かう車中、濱野氏の取材がスタートする。なぜ彼は人形をパートナーに選んだのか? 以下、同書より一部を抜粋して紹介する。(全3回の3回目/最初から読む

中国・ジーレックス社のラブドール 撮影=濱野ちひろ

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出会いから結婚まで5年かかった

「アンナとは2015年からの関係で、2020年に結婚したんだ」

 ジムは言った。

「本当にこの人でいいのかと、見極めるのに5年かかったんだよ」

 自分の冗談に少し微笑みながら、ジムは続けた。

「まあ、本当は、二度と人間の女性と関係を持たないかどうかを考えるのに5年かけたんだ」

 走る車内ではメモも取りにくかったが、大事な話の腰を折りたくなく、私は質問した。

「2015年以前は、どうしていたの」

人形と“再婚”するまでは…

 ジムの表情は少し固くなった。そして、アンナに出会うまでになにがあったのかを、ぽつりぽつりと話しはじめた。

「2010年に、ある女性と結婚したんだ。僕は彼女にすべてを捧げた。愛するとはそういうことだと思っていたから。彼女には一歳になったばかりの娘がいた。僕は実子同然にその子を愛したよ。かわいくて仕方がなかった」

 ところがほどなくして、妻が不倫していることをジムは知ってしまった。結婚生活は1年に満たないうちに破綻した。

「僕たちは離婚することになった。そのとき僕が失ったのはなにかわかる? 妻だけではない、娘までをも失ったんだ。そして信頼するという感覚も失ってしまった。僕はそれ以来、パートナーと呼ぶべき相手のことを、誰ひとり信用できなくなったんだ」