「お母様が、今朝早くに亡くなられたわよ」。2022年3月――父である石原慎太郎さんと死別した翌月に、母である典子さんを失った、次男の良純さん。今、振り返る「死別の衝撃」「亡き母との思い出」とは。

 石原慎太郎氏を父に持つ四兄弟(石原伸晃・良純・宏高・延啓)が、それぞれの視点から家族の記憶・想い出を綴ったエッセイ集『石原家の兄弟』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

石原良純さん ©文藝春秋

◆◆◆

ADVERTISEMENT

「今朝早くに亡くなられたわよ」

「マジ」

 電話の向こうの妻に向かって、思わず僕の口を突いて出たのは、1ヶ月前に父が亡くなった時と同じ言葉だった。

 15年間、毎週通い続けている朝の大阪の情報番組。前日泊のホテルの部屋に、早朝に電話が掛かって来たことなど過去に一度もなかった。枕元の電話が鳴った時、良い知らせでないことは、寝起きの僕にも瞬間的に判断がついた。

「お母様が、今朝早くに亡くなられたわよ」

 東京の病院に駆け付けられない僕を慮って、僕の起床時間に合わせて妻は電話を掛けてくれたようだ。

 母が亡くなったと聞いても、どうにもピンとこない。ひと月ほど前に父が亡くなり、気落ちしている母を元気付けようと、僕が好物のプリンを持って母の入居している介護施設を訪ねたのは前夜のことだ。

 コロナ期間中ということもあり本来は面会はできないのだが、施設のご厚意で母と直に会えた。僕が持って行った小ぶりの四つのプリン。そのうちの二つを、母は目の前で立て続けに食べたのだ。普段と何ら変わりなく会話を交わし、いつものように「じゃ、またね」と、母の手を軽く握って別れたのはつい先ほどのことのように思える。

 連れ合いが亡くなると男性は弱ってしまうが、女性は逆に元気になるとよく聞く。息子が四人。孫だって七人いる。そんな僕ら全員を袖にして、母は親父の元へサッサと行ってしまった。